やつば池(八ッ谷池)散歩道のブログ

やつば池(八ッ谷池)は私が住んでいる豊田市朝日町と、その隣の丸根町に接する小さな農業用の溜め池です。                 やつば池を周回する散歩道を元気に歩ける幸せを感じながら、地域の話題や情報を発信します。

~ 暑さ寒さも彼岸まで ~
昨日9月20日が秋の彼岸の入りでした。

豊田市宮上町の逢妻女川の150万本ともいわれている彼岸花(ヒガンバナ)も、日に日にその花の数を増やしています。
9月21日(木)午後のヒガンバナの開花状況です。
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宮上橋から上流の天王橋方向を見た景観です。
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開花が一気に進み、全体の50%近くが赤くなってきました。
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この景観を最初に見た人たちからは「ワァ~ きれい!」という声が聞こえてきます。

真っ赤な中で、少し遅れて白色のヒガンバナの花も咲きだしてきました。
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赤い花の中でアクセントになっています。
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この日は、宮上橋の上で、近くのデーサービスの仲間のご年配の人たちがヒガンバナを楽しんでいました。

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車イスの人も、橋の上から綺麗なヒガンバナを見つめています。
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ここまでブログで9月13日から17日、19日と逢妻女川のヒガンバナを見に行って、花の変化の写真を撮ってきましたが、花の咲くのがこんなに早く進んでいく様子を見て、少し驚いています。
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あと3日後に計画されている逢妻女川彼岸花育成会や地元自治区の人たちで企画しているイベントの日には、ヒガンバナで真っ赤に染まる逢妻女川の堤防が見られそうです。

豊田市の南部の上郷地区、安城市に近い豊田市広美町の明治緑道水車公園に3台が並んでいる水車があります。

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以前にも行ったことがありましたが、2017年9月20日(水)久しぶりに出かけてきました。
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この場所には明治用水が流れていて、用水の水を利用して水車を回すようになっています。

その明治用水は、矢作川の水を豊田市水源町の水源ダムで堰き止めて取り込んでいます。
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ダムで堰き止められた水を取り込む「明治用水頭首工」です。
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頭首工から取水した大量の水は明治用水へ流れていきます。
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明治用水は、ここからスタートして豊田市内から安城市や西尾市などの西三河南部の平野を潤していきます。
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江戸末期に碧海台地への灌漑用水の構想が始まってから、多くの苦難を乗り越えて、明治23年(1890年)に完成式典が開催されています。
翌年の明治24年に明治用水と命名されました。

明治用水頭首工の水源から用水路に沿って、およそ7.5キロの地点に明治緑道水車公園があります。
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水車を回すための水を流す小川が作られています。
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日本の産業の発展に貢献した水車を活用しての動力源や揚水機なども、電力利用の増加等で近頃その姿を見ることは少なくなっていますが、ここ明治緑道水車公園では、三つの水車が並んだ三連水車を見ることができます。
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水車は「木曽五木」の一つ「ネズコ材」で作られ、水車を支える土台は御影石を使い、農村の雰囲気を醸し出しています。 

ただ残念だったのは、この日は水車が回っていませんでした。
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水車の横に豊田市の張り紙があり、部品が破損していて運転を見合わせておりますとのことでした。
いつごろに修理されるのかこれだけでは分かりませんが、早く直してもらいたいものです。

水車公園の広場には大きな案内板が立てられています。
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表側には「上郷みどころ案内板」になっています。
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現在地の三連水車をの絵地図が書かれています。
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案内板の裏面には、見どころポイントの説明がされています。
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明治緑道三連水車について、もわかりやすく説明されていました。
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水車から流れてきた水が溜められて小さな池になっています。
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きれいな矢作川の水なので、コイなどの魚も元気よく泳いでいます。
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地上の用水路を流れてきた明治用水は、ここ水車公園の手前にある広畔(ひろくて)制水門で安城方面と刈谷方面に分水しています。
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ここからは用水は地下に暗渠化されて、その上が緑道になっています。
緑道は豊田安城自転車道となってサイクリングやウォーキングする人たちに使われています。
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水車公園内には公衆トイレもあって、明治緑道を利用する人たちには喜ばれています。
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残念ながら、今は部品の破損で止まっている水車も早く修理をして、現在では珍しくなった三連水車を観光ポイントとして、もっと市内外のみなさんにも知ってもらいたいと思っています。

敬老の日も終わり、明日は秋の彼岸の入りです。
台風18号は関西地方を縦断していきましたが、東海地方も強い風が吹き荒れました。
9月19日(火)午前中、宮上橋の上から上流方向を見た逢妻女川の両岸の堤防のヒガンバナ(彼岸花)です。
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開花した赤い部分が、ずいぶん広がってきました。
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台風による被害が心配でしたが、河川敷まで川の水がこなかったようで、咲き始めた彼岸花は大丈夫でした。
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花が咲いている場所にはアゲハチョウなどの蝶がたくさん集まってきています。
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土手の上の方はまだつぼみの状態ですが、2~3日で開きそうです。
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そのつぼみの中で一休みしているトンボの姿を見つけました。
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シオカラトンボのメスで別名ムギワラトンボです。
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堤防の散策路から土手の花の中に入らないように、逢妻女川彼岸花育成会の人たちが立てた看板がありました。
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そして、今週の日曜日の9月24日に行なわれる「歩いてみよう彼岸花の道」というイベントの案内もありました。
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彼岸花を見ながら大福餅とお茶を200円で楽しめます。
午前10時から午後1時までの間です。
ポケットに小銭を入れて、ぜひお出かけください。
雨天決行のようですが、天気が良くなることを願っています。

台風18号が九州南部に上陸した9月17日 (日) の午前中、雨が止んでいる時に豊田市宮上町の逢妻女川の彼岸花を見に行ってきました。
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堤防が真っ赤に染まる部分ができるまでに開花が進んできています。
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堤防のはるか彼方には、すそ野に雲がたなびく恵那山が見えるほど、空気が洗われた雨の止み間の景観です。
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雨の止み間に散策しながら、咲き始めた彼岸花を見に来ている人の姿もありました。
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この雨で水分をたっぷりと吸収して、彼岸花の花芽も一気に伸びてきています。
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満開の見ごろも近い、平成27年秋の逢妻女川の彼岸花です。

やつば池(八ツ谷池)は農業用の溜め池ですが、溢れた池の水は近くを流れる2級河川の逢妻女川に流れていきます。
やつば池に関係の深い、逢妻女川や逢妻川などについてチョット調べてみました。

逢妻女川(あいづまめがわ)(境川水系・逢妻川支流)
豊田市浄水町に近い大清水町を源流にし、トヨタ自動車貞宝工場の東方の豊田市逢妻町で、みよし市と豊田市のの境を流れる布袋子川と合流して水量が増していきます。

大清水町の逢妻女川の源流付近です。
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この先は雑木林が茂り近づくのが困難でした。
この源流から少し下流の所にあった大清水町地内の逢妻女川の絵図です。
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この絵図では逢妻女川の源流が名鉄豊田線の線路を超えて浄水町まで延びていますが、実際には線路の手前までしか地上からは確認できません。

さらに下流に進んで、豊田市逢妻町付近を流れる逢妻女川です。
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カワウの姿が見られ、水の勢いも増して、水量も増えています。

宮上町付近の田園地帯を流れる逢妻女川です。
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秋のお彼岸頃には、宮上町の宮上橋周辺から丸根町の天王橋までの堤防に咲く彼岸花が有名です。
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両岸の堤防に100万本の彼岸花が咲き誇ります。(9月末ごろの写真です)
逢妻女川に架かる男橋です。
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ここから逢妻女川は東名高速を横切り、千足町や堤町や前林町などを通って、豊田市駒場町で東の方から流れてきた逢妻男川と合流します。
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写真の左側が女川で右側が男川です。
逢妻女川は全長およそ15キロ余の二級河川です。 

つづいて東の方の川の逢妻男川(あいづまおがわ)です。
豊田市三軒町のエディオン豊田本店付近が源流です。
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小川町の住宅地の中を流れていきます。
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トヨタ自動車元町工場の東側を工場に沿うように流れていきます。
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さらに南下し、国道に架かる鴻ノ巣橋から土橋の方に流れていきます。
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ここから名鉄三河線に沿って土橋駅、竹村駅、若林駅の近くの住宅地の中を流れる逢妻男川です。
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伊勢湾岸自動車道を横切って三河八橋駅の近くの知立市八橋町で川の流れがおおきく曲がり西の方向に向かいます。
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堤防には川の水を田畑に取り込むための堰がの跡が残っています。

豊田市花園町と知立市八橋町に架かる逢園橋の向こうに線路が高架になった名鉄三河線が見えています。
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この橋の近くに、知立市の無量寿寺と八橋かきつばた園があります。
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5月初旬ごろの八橋かきつばた園です。
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八橋かきつばた園の辺りは昔は低地で、川が何本にも分かれて流れており、橋がたくさん架かっていた場所で、「八橋」の名前は、たくさんの橋が架かる場所から名付けられたという話です。

逢妻男川もあと少しで終点です。
知立市山屋敷町と豊田市駒場町に架かる国道155号線の駒場橋がありました。
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この橋の下流300mくらいの所で、逢妻男川と女川と合流して「逢妻川」となります。
合流地点には両方の川から流れてきた砂が積もり洲ができていました。
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向こうの川が逢妻女川で、手前の川が逢妻男川です。
逢妻男川は、全長 およそ12キロ余の二級河川です。

この合流点から下流が、逢妻川(あいづまがわ)です。 
知立神社の近くの旧東海道を横切って流れていきます。
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江戸時代の雰囲気の常夜灯が橋の両側に立てられた旧東海道の逢妻橋です。
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この橋から逢妻川は刈谷市内を流れていきます。
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この下流で東海道新幹線と東海道本線を横切ります。
東海道本線には川の近くに駅があり「あいづま(逢妻)」の名が付けられています。
川の最終点は境川と並んで衣浦湾で海に出ます。
逢妻川は、全長およそ10キロ余 の二級河川です。

逢妻川の名の由来を調べていたら、こんな話や情報が見つかりました。
その1です。
豊田市の衣ケ原丘陵を取り囲むように、西側を流れる川と、東側を流れる川があり、この2つの川が南の方へ流れていき、知立に近い駒場付近にて合流するさまは、まるで着物の褄 (つま)が合うようであると風流な先人が「あうつま=会う褄」をもじって「逢妻川(あいづまがわ)」と命名し、東の方の川を逢妻男川、西の方の川を逢妻女川と呼ばれるようになったといわれています。

その2です。
むかし在原業平(ありわらのなりひら)に恋い焦がれている「かきつばた姫」という女性が、業平が自分の妻のところへ戻っていく後を追いかけ、途中で追いついたが、業平は朝廷を憚って(はばかって)川を隔てて会った。
そのため、その川を遇妻川と呼ぶようになり、それが逢妻川に変わったとのことです。

(刈谷市役所による説明資料)
※在原業平は平安時代初期の貴族・歌人で平城天皇の孫にあたる人物です。
 伝説的なイケメンかつ歌人という、当時のモテ男に欠かせない二大要素を持っていた人であり、また 「伊勢物語」のモデルとも称される御仁です。


また、こんな話もありました。

時は、平安・・・
在原業平は、想ってはならぬ身分の高い姫を愛してしまい、京の都に身を置くことが出来なくなり、東の国へと旅に出たのであった。

旅の途中、知立の八橋でしばらくの間、旅の疲れを癒す業平。
業平を愛していた姫は、別れの辛さを耐えきれず、密かに都を抜け出して、業平の後を追い八橋まで来たのでした。

業平は、はるばる自分を訪ねて来てくれたことに喜びを胸に抱くものの、姫の幸せを切に願い、折角逢えた二人ですが、業平はまた旅立ってしまうのでした。
あとに残された姫は、悲しさと旅の疲れで病に伏してしまい、無量寿の村人の必死の看病も届かず、ついに姫は、池に身を沈めてしまったのでした。

姫が身を沈めた池には、かきつばたが美しく咲くようになり、「かきつばた姫」とよばれるようになりました。
かきつばたで有名な八橋の無量寿寺、その無量寿寺の本堂の裏庭に、小さな塚があります。

この塚は「姫塚」、「かきつばた姫の塚」とも言われています。

この地を流れていた八橋川は、姫と会った場所として、後に逢妻川といわれるようになりました。



また、こんな逢妻川伝説 のお話もありました。

むか~し昔・・・
この辺りに大変仲の良い幼馴染のお金持ちの娘と、小作人の息子が住んでおったそうじゃ。
男と女は立派に成長し、いつしかお互いを結婚相手と意識するようになったそうじゃ。
しかしそれを知った娘の父親は、たいそう怒ったそうじゃ、
この辺りには、金山というひどい藪山があって、盗人などの隠れ家があったそうじゃ、
金持ちの父親は盗人どもに、お金を払い男を何処かへ連れ去り帰って来れぬよう頼んだそうじゃ、
男は盗人どもに遠くへ連れて行かれ穴へ埋められてしまった。
それと同じ時期に娘は猿投という場所の庄屋の家に無理矢理嫁に行かされたそうじゃ。
男は、悲しさと悔しさで、死ぬ間際まで泣き続けた。
娘は、辛いめおと生活に耐え切れず、庄屋の家を逃げ出し故郷へ帰る途中に、離れ離れになった男を思い出し、泣き崩れ息絶えたそうじゃ。
その二人の涙が川となり、生まれ故郷へ流れ着き、本当の夫婦になったそうじゃ。
この世で叶わぬ夢であったが、お互いを慕う一途な気持ちが、お互いの身体から染み出た一滴の涙でもいいからまじわっていたいという強い思いが、男川となり女川となり、逢妻川となったそうじゃ。
・・・おわり・・・

まるで「にほん昔ばなし」ですね!

逢妻女川や逢妻川は、ロマンのある川の名前で、地名の起源には諸説があって楽しめます。

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