8月23日(土)と24日(日)の二日間、みよし市の中心部にある三好稲荷で夏季の大祭「三好大提灯まつり」が行なわれました。

24日の午後、あいにくの雨模様の日になってしまいましたが、小雨が降る中で、お祭りの様子を見に行ってみました。
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たくさんの屋台が並んでいましたが、お祭りの人出は少なくて寂しそうでした。
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お稲荷さんなので入り口には白狐が有りました。その向こうに大きな提灯が見えています。
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階段を登って境内に入ると、そんなに広くない三好稲荷の本殿前に、高さが11mもある3基の大提灯が並んでいました。
本殿の左側に2基。
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右側に1基です。
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提灯の向こうに見えるのが三好稲荷閣の本殿です。
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青空の下でおこなわれると良かったのに、今年は少し残念な天候になってしまいました。
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提灯なので当然のことながら、夜には灯りが灯されて夜空に浮かび上がりますが、夕方になっても雨が降り続けていたので、今年は夜の提灯を見に行くのは止めにしました。

2年前の2012年に写した夜の三好提灯まつりの画像です。
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灯りはロウソク(蝋燭)ではなく、電灯(蛍光灯)の光なので情緒には欠けますが、明るく照らされてとってもきれいでした。
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来年の大提灯まつりは、良い天気になることを願っています。
その時には、また見に行こうと思います。

以下、三好稲荷の大提灯祭りの歴史を調べてみました。

三好稲荷閣の本尊「三好咤枳尼天(みよしだきにてん)」は、享保17年(1732年)に庄屋・久野太郎右エ門が、三好村の3ヶ所に古くからあった農業神を合体して名づけた神様です。
村の守護神としてあがめられ、村人の尊崇を集めていました。
その後、当時の領主 大岡越前守によって三好稲荷閣は満福寺の境内へと遷座し、以後司祭と管理・運営を満福寺が行うようになりました。

昭和2年、三好稲荷閣が愛知の新十名所(中日新聞社の前身である新愛知新聞社主催)の第2位に選ばれました。
これを受けて三好在住の野々山弥蔵さんが第2位選出と自分の還暦を記念した手造りの大提灯を昭和4年の夏季大祭にて奉納しました。
これが「三好大提灯まつり」が始まったきっかけです。

昭和63年、古くなった大提灯の替わりに、三好町制30周年を記念して三好町と多数の篤志者によって大提灯が新調されました。
平成5年、さらに2基の大提灯が加わり、現在3基の大提灯が毎年献灯されています。
現在の3基の大提灯は、高さ 11.0m、直径 6.5m、重量 1,250kgで御所型の大提灯です。
提灯内には電灯が取り付けられ、境内に白く浮かび上がります。

大提灯まつりの準備や運営は三豊講(さんとよこう)と呼ばれる三好地区の住民組織が行います。
一般的に講と呼ばれる組織は信仰を同じくする者らの集まりのことを指しますが、三好稲荷閣は旧三好村の総守護神であったことから、三好地区の住人は宗派を越えて全員三豊講の一員とされ、市民を挙げてお祭りが行われているということです。