先日、豊田市近代の産業とくらし発見館で開催されている企画展の「とよたの製瓦業~いぶしの輝き~」を見に行った時に、豊田市内にも大正時代から昭和にかけて瓦を焼いていた「達磨窯(だるまがま)」が残されている所が有るということだったので、8月19日(土)に訪ねてきました。

名鉄三河線の土橋駅に近い、豊田市寿町の民家の横にその場所がありました。
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「寿町の達磨窯」は豊田市指定有形民俗文化財ということで、豊田市教育委員会の案内看板と説明板が立てられていました。
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説明板には大正10年頃につくられ、昭和56年まで使われていたと書かれています。
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これが正面から見た現存する達磨窯です。最大長6.1 メートル、高さ2.1 メートルあります。
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窯を正面から見た姿が禅僧の達磨大師に似ていることが達磨窯の名前の由来です。
達磨大師ってどんな人なのか、ネットで調べたらこんな写真が有りました。
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達磨大師像です。この窯に似ているといえば似ていますかね!
達磨大師という人は、5世紀後半から6世紀前半の人で、中国禅宗の開祖とされているインド人仏教僧です。

達磨大師はこれくらいにして、達磨窯に話を戻します。
斜めから見た達磨窯です。
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屋根が出来る以前は、当然のこと雨ざらしだったため、窯の表面の土が風化していたと思われます。
新しい土で表面を補修したあとがあります。

上部の煙突も新しく作られたようです。
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両サイドの焚口も補修されています。
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崩れてしまった部分の補修がされて、瓦を焼いていた当時の姿に近い状態になっているようです。
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いぶし瓦を一度で目板(桟瓦)で900~1000枚焼くことが出来ますが、窯の中の温度が一定ではないために、すべて良いものが出来るわけでは無く、半数近くが不良品になったと聞きました。
また、最盛期にはひと月に8回も焼成を行なったこともあったそうです。

全国的にも希少価値の達磨窯なので、豊田市の歴史遺産として、今後も大切に保存していただきたいものです。