八ツ谷池(やつばいけ)とよく似た地名で、何か関係がありそうな「八迫山(やつばさん)」という名前の場所が豊田市内にありました。
その場所は、やつば池から南へ約1.6キロの、エディオン豊田本店横の国道153号線にある名鉄バスのバス停です。
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八迫山のバス停の所在地は、豊田市三軒町7丁目になり、すぐ隣に大きな墓地があります。
反対車線の赤池方面に行くバス停の場所は小川町1丁目になります。
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バス停の名前は八迫山ですが、今はこの場所の地名が変わっており、八迫山という地名は地図から消え去ってしまっています。

豊田市朝日ヶ丘まちづくり委員会が作製した「朝日ヶ丘地域歴史の香る散歩みち」という案内板に「八迫山」という文字を見つけました。
2017-10-17

八迫山の説明部分を拡大しました。
2017-10-17 (1)
「昭和30年前後まで火葬場として使用されていた。現在は小坂八迫山管理事務所において、700件ほどの人が墓地として利用している。」
と書かれています。

豊田市の歴史年表で調べて見ると(抜粋)
昭和26年3月 挙母市市制施行
昭和27年9月 八ッ迫墓地内に市営火葬場設置
昭和34年1月 市名変更、豊田市へ
昭和34年5月 市営火葬場を宝来町に移転

と、昭和27年から昭和34年までの間のおよそ7年近く、この場所に市営の火葬場があって、この辺りの地名を「八迫山(八ッ迫)」と呼んでいたようです。

名鉄バス会社がバス停の名前を決める時に、八迫山の名が使われて、今にその名が残されているということになります。
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豊田市喜多町にある豊田市近代の産業とくらし発見館に掲示されていた、明治10年(1877年)の挙母全図という絵地図を見ると・・・
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挙母村の字名が細かく書かれています。
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一部をさらに拡大すると、百六番に「字西八ッ迫」その下に「字東八ッ迫」という文字が確認できます。
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この西八ッ迫又は東八ッ迫の場所あたりが現在のバス停の八迫山になると思います。
下の方に、今も地名が残っている「字小坂」の地名があります。
(※ この絵地図は、右の方が北の方角になります)

八ツ谷池(やつばいけ)と八迫山(やつばさん)。
2キロも離れていない場所にある2つのよく似た名前の地名は、今は地図からは消えてしまい、溜め池の名前とバス停の名前にその名を残すのみとなりました。