先日、工事中の平戸大橋を見に行った時、工事現場よりさらに下流に200~300mの矢作川右岸河川敷にある越戸公園付近の堤防道路に「旧平戸橋架橋地 豊田市」と刻まれた石柱を見つけました。
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明治時代には、この地に最初の平戸橋が架けられていたようです。
右側面に説明文が刻まれています。
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平成3年に建てられた石柱に刻まれた文字を読んでみます。
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旧平戸橋は明治15年この地に架けられた。
当時この地は越戸村対岸は平井村であったため、両村の名称より一文字ずつとって平戸橋と名付けられた。
この橋の開通により、飯田街道の道筋は御船経由から越戸経由へと大きく変わることになった。
しかし、洪水時の二度にわたる流失のため明治25年から31年にかけて現在の波岩の地に新橋の建設が行なわれ、この橋は廃された。
と書かれています。
この場所から矢作川を眺めると、橋が架けられていたと思われる痕跡がうかがえます。
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この飛び石も旧平戸橋の名残のようです。
江戸時代に飯田街道(中馬街道)で矢作川を渡るのには、今の平戸橋よりも上流の枝下の渡しで、渡し舟が活躍していたという歴史が残っています。