江戸時代に三河の碧海郡寿恵野村を起点に挙母村から寺部・荒井・花本を通り、亀首より藤岡を縦断し、さらに北進して美濃の土岐郡柿野に至る道を柿野街道と呼んでいます。
豊田市寺部町の柿野街道について先日(1/18)のブログで紹介しましたが、今回は寺部町から矢作川を渡った後の豊田市花本町を通る柿野街道について紹介します。
柿野街道についての情報が得られないかと、豊田市猿投台交流館を訪ねました。
受付で柿野街道について尋ねると、「ふれあい散策ウォーク 柿野街道コース」の資料をいただくことができました。
資料の一部分です。
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コースは猿投台交流館から柿野街道を南へ進み、越戸駅周辺の遺跡を見ながら北へ向きを変えて、平戸橋駅前を通り交流館へ戻る、全長5キロコースになっていました。
地図をたよりに柿野街道散策コースを進んで行くと、花本町の南端にある柿野街道の案内板を見つけました。
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猿投台地区コミュニティ会議で立てられた大きな案内板です。
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説明文の中に、街道沿いの栄えた花本は、明治期には行政・教育・商工業の中心地であり、「小江戸」とも呼ばれた。
と書かれています。


案内板の右半分の花本村絵図です。
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南端には大商店「やまさん」があり、麹屋・油屋・醤油屋・酒屋・質屋・よろず屋・紺屋・宿屋などが軒を連ね、北端には肥料問屋があったと書かれています。
この「やまさん」の建物の3階を仮校舎として明治39年(1906年)5月に生徒数29名で、現在の県立猿投農林高校の前身である群立農学校が創立されたそうです。
その場所の石垣が今も残っています。
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花本から荒井方面へ、今も残っている柿野街道です。
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先ほどの位置から北の方角の街道沿いには、大きな屋敷の塀が続いています。

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北の方向の青基調に続く柿野街道です。
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豊田市四郷町や井上町などのある、井郷地区の井郷交流館で入手した史跡・名所案内の資料です。
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この中にも古地図があり、豊田市内方面から藤岡方面に南北に走る②の飯野(柿野)街道が書かれていました。
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花本町の柿野街道は、絵図に書かれている町並みの先の光明寺や、
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八幡神社の横を通って北に進み、
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藤岡から岐阜県の美濃の柿野に向かっています。