旧飯田街道は、名古屋から豊田市足助を通り信州伊那谷に通じる道で、豊田市四郷町から御船町・枝下(しだれ)町を通って行くルートが最も古い街道と言われています。
枝下歴史研究クラブの皆さんが猿投町誌を参考にして発行した「旧飯田街道と路線の変遷」という資料に、絵図で示された飯田街道の4つのルートが書かれた案内板が枝下町の旧飯田街道のおと県道11号線が交差する場所に建てられていました。
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先日(1/29)のブログで豊田市四郷町から御船町を通る旧飯田街道を発信しましたので、今回はその先の枝下町を通る旧飯田街道沿いの史跡などを紹介します。
この案内板の裏側に「旧飯田街道と枝下」という表題で説明がされていました。
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説明の後半部分に・・・
ここの場所から県道を横切って矢作川に通じる旧道は、飯田街道の最も古くからのルートであって、曲がりくねった幅の狭い道は、往古の姿を偲ばせる貴重な街道筋である。
と書かれています。
絵図の案内板の向こうに、県道を横切って下って行く道が旧飯田街道です。
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この近くで車を停める場所をさがして、名鉄三河線の旧枝下駅跡のわくわく広場に行くと、そこにも「枝下町の史跡と旧飯田街道」の絵図が書かれた説明板がありました。
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右上に書かれた旧飯田街道(塩の道)の説明には・・・
尾張名古屋から三河山間部を経て信州飯田へ通じる道、中山道の脇街道として、江戸時代から明治の中頃まで馬の背で塩を運んだ馬方や旅人で大いに賑わいました。
と書かれています。
この絵図の中の御船町から枝下町に入った県道沿いに、馬頭観音と書かれた場所があるので行ってみました。
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県道を縫うように、くにゃくにゃと旧飯田街道が残っています。
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その道の脇に案内板がありました。
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馬頭観音について・・・
旅の安全を祈願するとともに、不慮の事故で命を落とした馬の供養と併せ村人たちの安らぎを願って馬頭観音を建てられた。
と、枝下歴史研究クラブが説明されています。
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街道の松の木の根元に馬頭観音があったという、古い写真が載せられています。
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案内板の近くに、写真の墓石が置かれていました。
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花筒もあり、地元の人で供養されているようです。
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枝下町内の旧飯田街道はこの先、枝下町公民館の横を通り、三河線の枝下駅跡の横を矢作川の川岸に沿って進み、いよいよ枝下の渡船場に向かいます。