豊田市枝下町にある旧飯田街道で、矢作川を渡るための渡船場跡です。
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三河線の枝下駅跡のわくわく広場にあった旧飯田街道説明用の絵地図を参考に廃線になった線路沿いに矢作川を上流に向かって歩いていきました。
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線路の真ん中には歩きやすいように細かい砂利が敷いてあります。
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しばらく歩いて行くと、川沿いに一艘の舟がありました。
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矢作川に架かる赤い橋(両枝橋)の下流側のすぐ近くに「旧飯田街道 枝下の舟場跡」と書かれた案内板がありました。
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川岸の舟が、いかにもここが渡船場跡だったという景観になっています。
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案内板には、享保5年(1720)操舟と書かれています。
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説明文には・・・
この舟場は、旧飯田街道の主要な道で、唯一舟を利用して通行していた渡船場の跡です。
(中略)
旅人や荷物を背にした馬などが舟で往来した場所であります。
対岸の東枝下(現石野町)へはワイヤーを張ってそこに舟をつなぎ、船頭さんがたくみに舟を操って川を渡りました。
昭和27年その役目を終える
と、書かれています。
左上の絵図を大きくしました。
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川の流れで舟が流されないように操っているようすが良く分かります。
渡し舟の絵の中にあるのと同じように、両枝橋の下に岩が並んでいます。
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この中の大きな岩は「はかり岩」と呼ばれていて、安全な操船水位の目印にした自然の岩で、増水で岩が水没すると川止め(渡船中止)となったそうです。
もう一つ絵にも描かれている「ワイヤー台座」も、草むらの中に見つけました。
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この台座は、対岸に張ったワイヤーを固定するための石製の施設で、ワイヤーに滑車を付け、更にロープで舟につなぎ、舟が流されないように工夫されていたそうです。
台座の近くに小さな古井戸の跡がありました。
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街道を往来する人々や馬の喉をうるおす井戸で、傍らに水天明王が祀られ往時を偲ばせています。
この水天明王の建立は江戸時代の文化11年(1815年)ということです。
井戸の水は水温が一定になっているようで、この寒さの中でもホテイアオイが枯れずに育っていて、近所の人が金魚を入れて楽しんでいるようです。
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渡船場のすぐ近くに常夜灯がありました。
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常夜灯の説明も書かれています。
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その説明には・・・・
建立は文政7年(1824年)で、以前は旧飯田街道の渡船場近くに設置されていたのを、大正年間に移転されたものと伝えられている。
と、書かれています。
枝下町の旧飯田街道の説明板は、わくわく事業で立てられた物のようですが、歴史を楽しむ人たちにはうれしいものです。
このあと、旧飯田街道の矢作川を渡って、石野地区の力石町方面を訪ねてみようと思っています。