名鉄三河線の猿投-西中金駅間の廃止により廃駅になったのは、三河御船駅・枝下駅・三河広瀬駅・西中金駅の4つの駅ですが、今までのブログで三河御船駅(2018.2.2)・三河広瀬駅(2017.12.12)・西中金駅(2017.11.17)の三駅を紹介してきました。

今回は、残りの枝下駅について紹介します。
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漢字で「枝下」と書いて「しだれ」と読みます。
地名は読み方が難しい中で、枝下も難読駅の一つのようです。
歴史をたどると、この地を古くは「志多利しだり郷」と呼んでいたという古文書の記録があるようです。
その後、参州加茂郡枝下(しだり)村という地名になり、文字が変わっていますが、その由来は明らかではありません。
枝下町になる以前は、矢作川を挟んで左岸側の東枝下村と、右岸側の西枝下村という、2つの枝下村がありました。
枝下の呼び方が「しだり」から「しだれ」に変わったのは、名鉄の駅が出来た時という話を聞いています。
そんな中でも、枝下町自治区が年4回発行の自治区だよりの名称は「かわら版しだり」となっていて、「しだり」の名が残されています。
現在では豊田市内の町名の見直しで、西枝下村が枝下町になり、東枝下村は石野町になっています。
そのなごりというか、矢作川に架かった東西の枝下村をつなぐ橋を両枝橋と呼んでいます。
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町の名前は変わっても、両枝下の絆と思い出が橋の名前に込められています。

昭和2年(1927年)8月に開設された枝下駅は、平成16年(2004年)3月末に廃線になって以後も線路やプラットホームは現存していますが、駅舎は昭和42年(1967年)頃に解体されたので今は残されていません。
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三河広瀬駅・西中金駅は、駅舎とプラットホームが国の有形文化財への登録されましたが、枝下駅跡は駅舎が無いのでプラットホームだけでは登録されていませんでした。

廃駅になった後の枝下駅前は、平成19年に豊田市のわくわく事業で枝下町自治区が整備を開始され、わくわく広場になっています。
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残念ながら時計は故障中でしたが、広場の片隅には枝下駅の名前にちなんで、枝垂れ桜が植えられていて、大きく育っていました。
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春には、きれいな枝垂れ桜が見られるようです。
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上の写真が駅から三河御船・猿投方面を見たところです。
そして、下の写真が三河広瀬方面です。
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駅のすぐ近くに矢作川を渡るグリーンロードの高架橋が架かっています。
線路と矢作川の間が旧飯田街道になっていて、その場所に「三河線枝下駅と木節粘土」の説明板がありました。
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左側の写真に現役当時の枝下駅の駅舎が写っていました。
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またこの駅が開所した当初は、駅の近くで取れる、陶磁器の材料に適した木節(きぶし)粘土の需要が高まり、大量に輸送されるために貨物列車の引き込み線がありました。
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けれども、車社会の発展で昭和59年(1984年)1月には貨物列車が廃止され引き込み線も撤去されています。

県道11号線を走る機会があったら、枝下駅跡にも立ち寄ってみてはいかがですか。