豊田市内を通る旧飯田街道は、矢作川に橋が架かる以前の明治時代初期までは、豊田市枝下町の渡船場で舟を使って渡っていた時代がありました。
枝下の渡しから先、対岸の石野町や力石町へ抜けて足助の町へ行くルートを訪ねようと、旧飯田街道の資料が無いか石野交流館に立ち寄ってみました。
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受付で、石野の自然と歴史探訪「石野めぐりマップ」というパンフレットを受け取りました。
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5つのウオーキングコースが書かれている中に、飯田街道コースというのが有りましたが、中金町から野口町・中切町を歩くルートになっていて、石野町や力石町の部分についての説明の資料は有りませんでした。
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現在の国道153号線沿いにある神社や寺院の紹介がありましたが、旧飯田街道に残る史跡は地図に紹介されていません。
そこで、枝下町の案内板にあった地図を参考にしました。
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赤色の線であらわされた旧飯田街道は、川を渡ってから力石峠を越えて力石から足助に向かっています。

枝下町(旧西枝下)から両枝橋を渡って石野町(旧東枝下)に入り、川沿いに少し下流に来たところから、力石峠に向かって坂道を登って行くと、村社八柱神社がありました。
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神社の前のゆるやかな坂道をさらに登って行きます。
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坂道を上り詰めた所に石野地域バスのバス停がありました。
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力石峠は、三河広瀬から勘八への道と、石野町から力石町への道の四差路になっていて、その交差点の隅に地蔵堂がありました。
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お地蔵さんには赤い前掛けが掛けられており、享保五年と刻まれた文字が見えます。
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享保5年(1720年)といえば、江戸時代8代将軍徳川吉宗の頃のもので、今からおよそ300年前になります。
このお地蔵さんは、力石峠を通って、飯田街道を行き交う旅人たちの無事を願っていたことでしょう。

旧飯田街道は力石峠から細い道をゆっくりと下って行きます。
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そして、猿投グリーンロードの力石インターの近くの国道153号線に出てきました。
ここから足助までの旧飯田街道は国道とほとんど重なっているようです。