豊田市内を通る旧飯田街道のルートで、明治時代の中頃、越戸村上井畑から矢作川を渡るために架けられた平戸橋を渡って、平井村古鼡(ふっそ)に入った街道の分岐点に立てられていたと思われる道標(みちしるべ)を見つけました。
DSCN9908
道標の立てられている場所は、扶桑町区民会館前です。
この場所は道路の分岐点ではないので、もう少し別の所に有ったものをここへ移してきたものと思われます。
DSCN9905
石柱に刻まれた文字は、「なこや」と「善光寺道」と読み取れます。
この道標で旧飯田街道の尾張名古屋と信州長野の善光寺へ向かう方向を教えています。
もう一面にも文字が刻まれています。
DSCN9907
「おかさき」と書かれていると思いますが、最初の文字が「お」ではありません。
DSCN9901
歴史を学んでいる友人から、この最初の文字は、変体仮名で「お」の文字を、漢字の「於」から変体した文字ということを教えてもらいました。
素直に「お」と書けばいいのに、こういった文字を使って書くのには、何か意味があったんでしょうか?
この道は、この先、坂を上って勘八山の南のすそ野を抜けて、豊田市力石町から続く中金町の旧飯田街道(現在の国道153号線)へつながって、足助方面に向かいます。