6月末で閉店される名古屋の丸栄百貨店のあゆみパネル展を見に行った後に、テレビ塔の近くに旧飯田街道のスタート地点があるということなので、その場所を訪ねてみました。
名古屋市東桜一丁目の道路で、この表示板を見つけました。
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「飯田街道 OLD  IIDA  HIGHWAY」の文字の他に何も書かれていませんが、矢印とゼロの数字が「ここから飯田街道がスタート」って意味していると思います。
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この道路は、飯田街道の行く方向とは逆方向の一方通行になっています。
地図では、赤丸の場所になります。
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別の資料には、飯田街道は名古屋城下から八事興正寺に向って斜めに貫き、豊田市を経由して長野県根羽村、阿智村を経て飯田市へ到る道とも書かれています。
正しくは下の図のように、名古屋城の南にある本町筋と伝馬町筋が交差する場所の高札場があった「札の辻」が各街道のスタート地点だったようです。
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その場所は、現在の名古屋市中区錦の桜通り本町交差点の一本南の伝馬町通本町交差点の北西角になります。

江戸時代、尾張名古屋から東海道、中山道などへと至る道の起点となっていたのが「札の辻」という所だったようです。

 

尾張名所図会にある「傳馬檜所・札ノ辻」です。

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また一度、この場所をぜひ訪ねてみたいと思っています。

東桜一丁目の飯田街道のスタート地点の表示板から、少し斜め東に行ったところの高岳南交差点の角に小さな公園がありました。
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この場所を地図で見ると、三角形をした「駿河町街園」と書かれています。
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現在は駿河町の地名は有りませんが、昔の地名が書かれた資料には左下の場所に駿河町と書かれた場所が有りました。
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インターネットの「ひがしネット」に駿河町の町名の由来が書かれていました。

慶長年間、徳川家康が往来した街道筋で、駿河街道と称していたのをそのまま町名にしたのが由来といわれています。

また他の説には、この地は冨士塚に近いので、富士山のある駿河国にちなんで名づけられたともいわれています。


この駿河町街園を斜めに沿うように飯田街道があり、広い道(市道空港線)と交差して八事方面に向かっています。
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名古屋市内に残るこの飯田街道は、旧伝馬町を起点として市内を斜めに走り、豊田市の足助・稲武を通って長野県飯田に通ずる重要な交通の根幹のひとつとなっていた歴史のある街道です。