先日、豊田市越戸町にある灰宝神社(はいほじんじゃ)を訪ねました。
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国道153号線沿いにある神社なので、この神社の前を車で通過されている方は多くおられると思います。
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灰宝神社の創建は、約1,300年前の飛鳥時代の慶雲3年(706年)といわれている歴史のある神社です。
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拝殿横にあった説明板です。
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灰宝神社の祭神は波邇夜須毘売命(はにやすひめのみこと)です。
またの名を埴安姫命(はにやすひめのみこと)ともいわれ、波邇夜須(はにやす)は埴粘(はにやす)のことで、粘土であり大地でもある粘土をこね、形を造り焼いて土器を作った、陶芸の神様です。

この灰宝神社の境内に、昭和7年に建造され、当時としては珍しい鉄筋コンクリートで造られた宝物庫がありました。
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この宝物庫は、地元の越戸村出身で土木建築業の成功で財をなした「前田榮次郎氏」によって建てられたものです。
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境内に立てられている前田栄次郎翁の銅像です。

昭和18年、太平洋戦争末期となり、本土決戦に備えて国宝級の宝物類の分散疎開が閣議決定された時、この地方の西加茂郡出身で愛知県文化財担当の主事であった「小栗鉄次郎氏」が灰宝神社の宝物庫に着目しました。
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愛知県はトラックなどで灰宝神社の宝物庫に、熱田神宮の国宝や美術品、名古屋城の本丸御殿の国宝級の障壁画など4,700点余りを搬入したということです。
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その後、昭和20年5月に名古屋市内は空襲にあい、名古屋城の天守閣や本丸御殿などを焼失しましたが、国宝類は灰宝神社の宝物庫のおかげで守られました。
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今年(平成30年)6月に復元された名古屋城の本丸御殿で展示されている障壁画の中に、灰宝神社の宝物庫で空襲からの難を逃れたものが再び輝きを増して、多くの観光客を楽しませています。

その中の1つ、名古屋城本丸御殿・玄関一之間東側の襖絵「竹林豹虎図」です。
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江戸時代の慶長20年(1615年)制作の国の重要文化財指定の宝物です。

灰宝神社について調べることで、こんな素晴らしい役目をした人物や建造物が豊田市内に有ることを知りました。