やつば池散歩道(豊田市)のブログ

やつば池(八ッ谷池)は、私が住んでいる豊田市朝日町と、その隣の丸根町に接する小さな農業用の溜め池です。              やつば池を周回する散歩道を元気に歩ける幸せを感じながら、地域の話題や情報を発信します。

2014年10月

10月31日は、ハロウィンです。
日進市にある愛知牧場では、ハロウィンイベントが行なわれていて、飾り付けがされていました。
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ハロウィン(又はハロウィーン) とは、カトリックの諸聖人の休日 ( 11月1日 ) の前夜である10月31日に行われるお祭りのことです。
もともとは、ヨーロッパを起源とする民族行事で、秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事でしたが、今は宗教的意味合いは薄れてきているようです。

諸聖人の休日を万聖節とも呼ばれ、キリスト教では全ての聖人と殉教者を記念する日とされています。
万聖節を英語では「All Saints' Day」といい、日本のお盆のようなもので、死者の霊が親族を訪れると考えられています。

ハロウィン( Halloween )の語源は、諸聖人の日の英語での旧称All Hallowsのeve(前の夜)Hallows eveが訛って、Halloweenと呼ばれるようになったとされています。

簡単に言うと、クリスマスイブと同じような感じです。

現在は宗教的意味合いはあまりなく、カボチャをくり抜いてお化けの顔にしたジャック・オー・ランタン ( Jack-o'-lantern )を飾り、お化けなどに仮装した子供達が「Trick or treat! トリックオアトリート(お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうよ)」と言って家々を巡るお祭りとなっているようです。

ジャック・オー・ランタン ( Jack O' Lantern ) とは、
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オレンジ色のカボチャをくり抜いて刻み目を入れ、内側にロウソクを立てて灯した提灯 ( ちょうちん )
のことです。
ハロウィンのシンボルとして有名です。
お化けカボチャカボチャ提灯と呼ばれ、悪い霊を追い払うためにハロウィンの晩に家の戸口の上り段に置くそうです。

この提灯を作る風習はもともとイギリス地方で始まったそうですが、最初はカブ(蕪)の中身をくり抜いて提灯にしていました。
なぜカボチャを使うのかというと、カボチャになったのはハロウィンがアメリカに渡ってからで、理由は、アメリカではカボチャがたくさん有ったからだそうです。
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カボチャにはお守りの意味があるそうです。
ハロウィンの日は死霊達が集まってきますが、カボチャの提灯は霊達から守ってくれる番犬のような役割を持っているそうです。
また、カボチャにともすロウソクは、日本のお盆と同じで親族の霊がを迎え入れる為の目印だそうです。
アメリカではハロウィンの夜に仮装した子供たちが玄関や窓を叩いて「Trick or Treat!」といってお菓子をねだります。
これはアメリカで生まれた習慣らしいのですが、ハッキリとした起源はわかっていません。
仮説の一つに、言葉遊びの一種で発音の似た「 トリック ( いたずら ) 」と「 トリート ( お菓子 ) 」という言葉でゴロを合わせたのが始まりと考えられています。

愛知牧場には、ジャンボカボチャの重さ当てコーナーがありました。
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持ち上げずに、見ただけで重さを当てるものです。
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まったく見当がつかなかったけれど、投票しておきました。

仏教の風習が主に育った団塊の世代の私には物珍しいことばかりですが、お祭り好きな日本人の欧米のお祭りを取り入れた新しい風習です。
何とか時代に乗り遅れないように、ハロウィンの催しにも馴染んでいきたいと思う昨今です。

昨日の冷え込みで豊田市の市街地で気温が4℃、稲武地区では氷点下までになったようです。
10月も明日で終わります。
そうだ!  奥三河へ行こう!と思い立ち、
国道153号線を茶臼山高原を目指し、紅葉を訪ねて車を走らせました。
豊田市から県境を越えて奥三河から南信州へ、長野県の根羽村・平谷村を通過して阿智村の治部坂峠まで、途中道の駅で休憩しながら景色を楽しみました。
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治部坂高原の紅葉が見事に色づいていて見頃でした。
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最初の目的地は、昼食の信州蕎麦(そば)です。
久しぶりに訪ねた「そば処 おにひら本店」
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ざるに一杯の手打ちそば、期待を裏切らない美味しさです。
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またこの店の「かき揚げ天ぷら」は、これで一人分というボリュームです。
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かき揚げをほお張りながら、3人前のそばを2人でたいらげて”満足・満足”でした。

国道をUターンして、平谷村から売木村経由で茶臼山高原へ向かいました。
再び治部坂峠を越えて、
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茶臼山高原に着いたら、食後のウォーキングです。

紅葉している萩太郎山のリフトには乗らずに、
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駐車場の横の矢筈池というボート池の周りを散策しました。
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もっと寒いかと思いましたが、散策にちょうどいい気温で爽やかな高原の散策が楽しめました。
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標高が千メートルを超える高原の紅葉がちょうど見ごろで最高でした。
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奥三河と南信州のきれいな景色を堪能して帰ってきました。

今年の3月4日のブログ「豊田市交通公園の跡地は今・・・」で紹介した情報の続編です。

あれから半年余りが過ぎた10月24日の中日新聞の県内版に「豊田のD51”命”つなぐ」というタイトルでD51の写真付きの記事が掲載されました。
(※下の写真は閉園される前の平成22年(2010年)3月3日にマイデジカメで写したものです)
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以下新聞記事の内容の抜粋です。

「デゴイチ」の愛称で知られる蒸気機関車(SL)のD51が、2010年に閉園した豊田市平芝町の旧交通公園に取り残されたままになっている。
移設や維持に多額の費用がかかるため一時は解体の危機にさらされたが、存続を願う愛好家や住民たちが自らの手で保存することになった。近く有志で保存会を設立し、長年市民に親しまれた車両の再公開を目指す。
旧交通公園は移転新築に伴う閉園以降、市民の立ち入りが制限され、シンボルだったD51は見学できない状態が続く。

管理する市公園課によると、移設には運搬費だけで一千万円を要するため一時は解体処分も検討していた。置いておくにもさび止めのグリス塗りが必要で、年間数十万円かかるという。
保存会による存続は、D51の行く末を心配していた安城市のSL愛好家、久世一郎さんが市に相談を持ち掛けたのがきっかけ。これまで市が業者委託してきたグリス塗りは久世さんら有志が担い、市民がD51に親しめるよう定期的に催しを開くことを提案した。これに地元の自治区や豊田高専の鉄道航空研究同好会も賛同し、市はこの方式で存続させることを決めた。

旧交通公園は「平芝坂の上公園」と名称変更して来年3月までに市が一部開園させ、それに合わせてD51を公開する。園内には昭和49年(1974年)に全線廃止された旧名古屋市電の車両もあり、同様に保存・公開するという。管理を担う保存会は、久世さんらを中心に、公開までに発足させる。

久世さんは「保存状態も良く、処分するのはあまりにも寂しい。ものづくりの街、豊田の象徴となるように大切にしたい」と話す。保存会に参加予定の平芝自治区長、丹羽正勝さんも「再び地域のシンボルになれば」と願っている。

<旧交通公園のD51-849>の解説も新聞に記載されていました。
旧国鉄が使用を終えた昭和47年(1972年)から展示されている。
前年の1971年、匿名の少女からSLの保存を求める手紙が当時の佐藤保市長に届いたのがきっかけで、市が旧国鉄に掛け合い無償貸与が実現した。
現役時代は東海道線や関西線、中央線を通算28年間、177万キロ走った。
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同公園跡に保存されている、名古屋市の市電車両。(2010年3月に撮影)
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昭和40年代まで名古屋市内を走っていたものです。

この記事を見て、先日久しぶりにその場所へ行ってみました。
まだ周囲が柵で囲われていて、工事中の表示板がありました。
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新聞の記事にもありましたが、新しい公園の名前は「平芝坂の上公園」となるようです。
来年の平成27年4月頃、公園の一部開放を行ないますという表示もありました。
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敷地の中には屋根の下に保存されている市電も有りました。
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セイタカアワダチソウの雑草が茂るフェンスの奥に、D51が来年の春の公開を待っていました。
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どんな公園になって再公開されるのか、楽しみです。
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また、時々工事の様子を見に出かけようと思っています。



10月28日の豊田市西山公園の四季の花園お花壇です。
花壇の向こうには、花時計のサルビアとマリーゴールドの赤と黄色が見えています。
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秋の花が植えられてから1ヶ月が過ぎて、花壇の花が咲き誇っています。

秋の花を代表するダリアにコスモス。
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コスモスと赤色のジニア(ヒャクニチソウ)。
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通路に面した花壇は、ジニアが満開で鮮やかです。
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黄色一色の花壇にはジニアの他に、
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花や葉っぱからレモンの爽やかな香りを放つ、その名もレモンマリーゴールドや、
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ウインターコスモスというの名前で知られるヒデンスのイエローキューピットという品種です。
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ウインターというけれど秋の花で、冬には枯れてしまいます。
コスモスの名が有りますが、コスモスではありません。

こちらの花壇にはコスモスと一緒にナデシコや白いアリッサムが咲いています。
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秋の花の花壇とは別に、キッチンガーデンの野菜の花壇があります。
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無農薬で育てているので、みずみずしい緑のガーデンレタスを青虫が食べています。
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お弁当イチゴは、小さな実をたくさん付けています。
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もう少しで人間様に食べられそうです。
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ハンギングバスケットの球根ベゴニアも鮮やかな花を咲かせています。
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この花は暑さに弱く、寒さにも弱い花なので、霜が降りないうちに温室に移してあげないと枯れてしまいます。
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秋の花壇もあと1ヶ月後には冬の花壇に模様替えされるそうです。
またその時に見に行こうと思っています。


10月25日(土)26日(日)の2日間、蒲郡市無形民族文化財の三谷祭(みやまつり)がありました。
何年か前の日曜日に、公共交通機関を利用して行って来た時の三谷祭の様子を紹介します。

三谷祭は、元禄時代から受け継がれる蒲郡市三谷町の産土神、八劔(やつるぎ)神社と若宮神社の例祭です。
4台の絢爛豪華な山車(やま)を曳き、八釼神社から若宮神社まで町内を練り歩いた後、山車を海に曳き入れる迫力満点の「海中渡御」が行われます。

JR東海道線の三河三谷駅で降りると駅前には、お祭りの飾り付けがされています。
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 JR三河三谷駅から歩いて3分、三谷祭の西の宮にあたる八劔神社につきました。
まだ8時半ごろなのに、もう神社の周囲は大賑わいでした。 
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八釼神社では8時半から9時半まで、各町内(三谷では、宮元の松区を中心に、上区、西区、北区、中区、東区の六区があります)ごとに神事が行なわれており、それぞれの模様の半纏姿の人が群れをなしてごった返していました。
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神社の前の大通には、西区、北区、中区、東区の4台の山車が綺麗に飾られて並んでおり、いつでも
出発できる体制ができていました。
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 神事が終わり、9時45分には八劔神社の前に並んでいた山車が、いよいよ東の宮の若宮神社のすぐ近くの海中渡御が行なわれる海岸に向かって笛や太鼓のお囃子を賑やかに奏でながら、一台づつ動き出しました。
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海に入るため、曳き手はみんな男性ばかりで下帯姿の上半身は裸です。
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西宮から東宮までの山車が通る道路には、邪魔な電線が横切っていません。
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三谷祭の山車は、海の中を進んで行くために、山車の横に2本の担ぎ棒が出ている変わった形をしています。
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 山車は、白く輝く三谷温泉の旅館が立ち並ぶ海岸に到着しました。
 海中渡御がおこなわれる海岸は、お祭りを見に来ている人で、すでにギッシリと埋め尽くされており大変な賑わいです。
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 10時45分に、花火の音の合図で4台の山車が一台ずつ海に引き込まれていきました。
 写真の左端の中央部から海の中へ入って手前の上り坂のところまで約300メートルの海中をゆっくりと進みます。
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見ている場所から遠いので小さくてよく見えませんが、海の中を山車を曳きながら海から上がる場所の方へゆっくりと移動してきます。
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2台目が岸に上がるところです。後ろにあと2台が続いています。
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3台目の山車の列です。
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4台目の山車が海から上がります。
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掛け声と共に、威勢良く一気に坂を駆け上がると、観衆から盛大な拍手が送られていました。
 
海から上がった山車は、若宮神社の境内に運ばれます。
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午前の行事が終わり一休みをしている4台の山車が若宮神社の境内に並んでいました。
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 このあと、午後の神事が若宮神社でおこなわれることになっているようですが、ここまで見て帰りました。

三谷祭の海中渡御は、「天下の奇祭」として受け継がれてきましたが、昭和34年の伊勢湾台風の影響による海岸埋立工事で海岸線が失われ、伝統の山車の海中渡御は、昭和35年の祭礼を最後に姿を消しました。

しかしその後、地元住民の強い存続意識に加えて、山車の海中曳き入れを復活する声が高くなり、若宮神社東の海岸において、平成7年には一台の海中試し曳き、翌8年の「創始300年祭」には4台を曳き入れ復活の途につきました。

昭和32年3月、蒲郡市は先に有形文化財として4台の山車を指定しました。
また、同に「三谷祭」を市の無形民族文化財に指定しました。

現在曳かれている山車は、上区「剣の山車」、中区「花の山車」、北区「三蓋傘の山車」、西区「恵比寿の山車」の4台です。
新造されたり大改修されたものでありますが、いずれも彩色彫刻の施された絢爛豪華な山車です。 

豊田市の秋祭りの第4弾になります。

10月26日、朝からどんよりとした曇り空の一日になりました。
朝の散歩を終える頃の7時に、「どど~~ん」と大きな音の花火がすぐ近くで上がりました。
この日は、やつば池から一番近い神社、宮口神社の例祭の日でした。
午後から出かけてきました。
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神社の入り口には屋台が並び、鯛焼き・たこ焼き・いか焼きなどが良いにおいをさせています。
鳥居をくぐって緩やかな階段を数十段登っていくと神社の境内があります。
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境内は多くの人で賑わっていました。
拝殿前の舞台では、笛や太鼓の音に合わせて、地元の女の子たちの巫女(みこ)舞いが行なわれていました。
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まずは宮口神社の拝殿(本殿)でお参りをします。
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境内の広場では、たくさんの人が集まって、「棒の手」の奉納が行なわれています。
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鎌田流の棒の手は歴史も古く、愛知県の無形民俗文化財に指定されているものです。
宮口神社近くの各町内でも地元に伝わる文化財を熱心に指導されながら伝承されています。
最初は小学生以下の子供たちの棒の手の演技が、町内別に行われています。

その後、一般の部の棒の手が始まりました。
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大きな声で気合が入り、すごい迫力です。
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演技の前には、「ぶぉ~~ぶぉ~~」と、ほら貝が吹かれて雰囲気を盛り上げます。
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棒を振り回す相手に対して、高くジャンプして棒をかわし、DSCN8119
組み合う中で相手を投げ飛ばし、
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棒の先の鎌でとどめを差します。
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素晴らしい演技に、観衆から大きな拍手が送られていました。

棒の手の演技が行なわれている境内の隅には、火縄銃の発砲所がありました。
宮口鉄砲隊という名前で編成されています。
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ずらりと並んだ火縄銃です。
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衣装も揃った鉄砲隊が10人並んで、連続撃ちを披露していました。
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「ど~ん」「ど~ん」「ど~ん」耳をつんざく大きな音が境内の周囲の林に響き渡り、すごい迫力です。
銃口から噴き出る炎や煙の瞬間です。
火縄銃1

ひなわじゅう 

火縄銃

宮口神社は先日に祭りが行われた猿投神社とのつながりのある神社なので、お祭りの行事もよく似ています。
宮口神社は、猿投神社の入り口にある宮というのが名前のいわれのようです。

家から神社へはウォーキングを兼ねて歩いて行ったので、棒の手を見ていた時に振舞われたお神酒をいただき、チョッとほろ酔い加減になって、逢妻女川の散歩道を歩いて帰ってきました。

10月25日、朝の散歩で豊田市の市街地が望める枝下用水沿いのウォーキングコースから、東の山から昇る日の出の光景が見られました。
1週間前の10月18日に、日の出の時刻が5時台から6時00分になりました。
この時期の日の出の時刻は、毎日1分ずつ遅くなっていきます。

今日の名古屋市の日の出の時刻は6時06分と新聞に書かれていました。
朝の6時に家を出て、枝下用水のウォーキングコースに到着するころに日の出の時刻になります。
ただ新聞などで気象庁が発表している時刻は、日の出の方向に何も障害物が無い状態の日の出の時刻なので、枝下用水から見える日の出は、豊田市松平地区の山並みがあるため、少し遅れて太陽が山から顔を出します。

枝下用水ウォーキングコースの道から見た6時11分の東の空です。
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雲がある時と無い時では景観が違いますが、今日は東の空には雲が有りません。
場所を少し移動しました。6時15分です。
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6時17分です。まだ出てきません。
明るくなっている左の山が炮烙山(ほうろくさん)684m、右の山が六所山(ろくしょさん)611mです。
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6時18分、やっと太陽が顔を出しました。
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ちょうど、2つの山の間からの日の出になりました。

この後は、眩しすぎて写真はありませんが、あっという間に山の上に昇っていきました。

冬至の頃には、今よりも1時間近く日の出の時刻が遅くなります。

10月24日、久しぶりに夕方のやつば池に行ってみました。
晴れて空気が爽やかな気候なので、多くの人がウォーキングや散策をしています。
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散歩道に植えられている1本の四季桜。
落葉が進んでいますが、まだ葉っぱが残っているその枝先に、チラホラと花が咲き始めていました。
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薄いピンク色の小さな可愛い四季桜の花です。
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まだほんの少ししか咲いていませんが、今から枝いっぱいに咲いてくると思われます。
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池の水面には、カイツブリよりも少し大きな体の水鳥が泳いでいました。
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顔が赤いのが特徴のバン(鷭)という鳥です。
何か口にくわえています。
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散歩道から池の鯉にパンの欠片を与えている人がいたので、鯉のエサを横取りしてくわえてきたようです。
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この鳥は雑食性で植物の種や昆虫やカニなどを食べるようで、バン(鷭)はパンが大好物のようです。

池の岸まで泳いでいって、水辺で美味しくいただいていました。

10月23日、今日は二十四節気の一つ、「霜降(そうこう)」です。
秋が一段と深まり、朝霜が見られる頃。
朝晩の冷え込みが厳しくなり、日が短くなったことを実感できます。

朝の散歩で見かける道端のススキの穂が秋の深まりを感じさせます。
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初霜の知らせが聞かれるのも大体この頃で、山は紅葉で彩られます。
昨年の10月末の富山県越中五箇山の合掌造り村の風景です。
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同じく岐阜県の白山スーパー林道での景観です。
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豊田市内では、市街地はまだ霜が降りるほどまでの冷え込みは無いですが、稲武地区や旭地区などの奥三河の山間部では、霜が降りる日が来るのも遠くないようです。

やつば池上空の雲です。
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池のすぐ近くの田んぼでは、稲の脱穀も終わり、わらが保存用に積まれています。


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気象用語として、この日から立冬(今年は11月7日)までの間に吹く寒い北風を「木枯らし(こがらし」)と呼ぶそうです。
気象庁では、北よりの風速8メートル以上の風が吹くと、その風を「木枯らし」と認定します。
木枯らしが吹いたというニュースが流れるのも、もうすぐのようです。

「秋深き 隣は何をする人ぞ」芭蕉
この句は、元禄7年の秋、松尾芭蕉が大阪で亡くなる2週間前に病の床で詠んだ句です。
よく「秋深し・・・」と読まれているのを聞きますが、正しくは「秋深き・・・」だそうです。

秋の夜長、一句ひねってみませんか!
「秋深き 誤文字だらけのブログ書く」苦笑

10月も下旬に入り、朝の冷え込みも秋の深まりを感じるようになりました。

この日の朝のやつば池で、水面をゆうゆうと泳いだり潜ったりしている鳥がいました。
この鳥がカイツブリです。
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カイツブリは潜りが得意な水鳥のようです。
見ていても浮かび上がったと思ったらまたすぐに潜って15秒前後とけっこう長い時間潜ってなかなか浮かんできません。


「カイツブリ(鳰)」を調べてみると・・・

全長26cm程度と小型。夏羽では首は赤茶色、冬羽では黄茶色です。
足には各指にみずかきがあり、潜水は大得意で、足だけで泳ぎます。
小魚、ザリガニ、エビ類、大きな水生昆虫などを食べています。
日本では全国に分布しています。
水ぬるむ春、池や沼や湖で、そこに浮いていたかと思うとアッという間にもぐってしまい、あちらの方でポッカリ浮かびあがる潜水の名手。
カモなどと一緒にいると、カモの子供に見られてしまうことがありますが、親鳥です。
水草を積み重ねて水面に浮巣を造り、夏のはじめ、綿毛のようなかわいいヒナを連れて泳いでいます。
琵琶湖の古名は「鳰(にお)の海」で、鳰=カイツブリは昔から知られていたようです。

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冬の渡り鳥のマガモが来る前のやつば池は鳥が少なく、カイツブリが池の水面を独り占めのように自由気ままに泳いで潜っています。


台風19号の風で倒れ掛かったやつば池散歩道のコスモスも、自力で立ち上がり、きれいな花を咲かせています。
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もうしばらく、コスモスが楽しめそうです。

豊田市内にある博物館の一つ、豊田市民芸館を紹介します。
国道153号線の矢作川に架かる平戸橋の近くにある、豊田市民芸館は、日常生活に関連する民芸品を保存、展示する博物館です。
平戸橋の右岸側から県道11号線を少し北に向かうと、前田公園と一緒になった広い駐車場があります。
そこから歩いてマレットゴルフ場を横切ると民芸館の前に到着します。

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施設の敷地内には「衣・食・住」をテーマにした3つの建物があります。

敷地に入ってすぐに、第1民芸館 があります。「衣」のテーマ館です。

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建物は、昭和58年4月に東京駒場の日本民芸館の一部を移築復元されたものです。
本多静雄の寄贈品を中心に展示されています。
特別展が行なわれるときには有料になる時があります。


さらに中へ進んで行くと第2民芸館があります。 「食」のテーマ館です。

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第2民芸館は、昭和60年4月に茶室「勘桜亭」とともに第1民芸館の南側に建築されました。
常設展示と企画展の特別展示(有料)が行なわれています。

茶室「勘桜亭」です。
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勘桜亭は、昭和60年4月に市民への貸出施設として開設されました。
勘桜亭から見る矢作川の勘八峡の眺めは素晴らしく、春は桜、秋は紅葉と四季が楽しめます。
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土・日曜日・祝日は施設の有効利用の為、一服350円で呈茶サービスを行っています。
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平日は呈茶は行なわれていませんが、建物の中を見ることができます。
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気軽な雰囲気の中で季節の和菓子と抹茶をいただけます。

さらに奥に進むと、一番大きな建物の第3民芸館があります。 「住」のテーマ館です。

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第3民芸館は平成2年に建設されたものです。
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建物の外観は鉄筋コンクリート造りになっていますが、内部は木造仕上げになっており、江戸時代の田舎家風の建築様式を取り入れた建物になっています。
特色としては、館内に囲炉裏があり天井から吊るされた自在鉤には鉄瓶が掛けられています。
館内には和室のA展示室と板の間のB展示室があり企画展や常設展を行っています。

この他に施設内には、井上家西洋館という建物があります。
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市内井上町から移築復元した建物です。
昭和の初めに、名古屋市から現在の豊田市井上町に移築され、井上家の開墾農場の迎賓館として、また居宅として永く使用されてきました。
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建物の老朽化から西洋館を取り壊すことになりましたが、市内唯一の明治建築の西洋館であることなどから、現当主(故人)を始めとする識者から保存の機運が盛り上がり、昭和63年度に民芸館に移築復元されました。
平成12年(2000年)12月に、国の登録有形文化財に指定されています。
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建物の中に入って見学(無料)ができます。

民芸館の敷地一帯から平戸橋近くまでは、散策路が整備されていて、春の桜と秋の紅葉は素晴らしい景観を見せてくれます。

駐車場のある前田公園と民芸館周辺は、11月の末頃には真っ赤な紅葉が楽しめます。




昨日までの秋晴れから、今日は午前中に小雨が降り出して、ぐずついた空模様になりました。
一日ずれていたら、挙母まつりが雨になってしまっていたことを思うと、祭り関係者はホッとしていることと思います。

挙母祭りの日の昨日の午前中に、西山公園へバラの花を見ながらの、散策に出かけました。
園内の通路の横には、先日の「とよた都市緑化フェア」の時に町並みウォークのコースに置かれていた
樹木や低木を刈り込んで動物をかたどっ たりする「トピアリー」が、並んで置かれていました。
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四季の花園の前にも大型のトピアリー(キリンとコアラ)がありました。
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まさに樹木アート、見事な芸術作品です。

西山公園のシンボルの花時計は、今が一番の見ごろといっても良いくらいの鮮やかさで、真っ赤なサルビアと黄色のマリーゴールドが咲き誇っています。
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バラ園も手入れがされていて綺麗に咲いていました。
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秋のバラらしく、花が少ないですが色が濃くて鮮やかに咲いています。
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遠くで挙母まつりの花火の音が聞こえていて、日曜日でもこの日の朝10時ごろの西山公園は、祭りに人が取られてしまったみたいで、ひっそりと静かな園内でした。

昨日に続いて秋晴れの中での挙母まつり。
10月19日は本楽祭が挙母神社境内などで行なわれました。
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午後から挙母神社へ出かけました。
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「山車揃え」といって、境内には午前中に曳き込まれた8輛の山車が一列に並んでいました。DSCN7930

今年の先頭を受け持つのは、樹木地区の旧南町でした。
ちょうど旧南町のお囃子の奉納が行なわれていました。
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拝殿には、お参りする人で列が出来ています。
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拝殿前では巫女舞いが行なわれていました。
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拝殿でお参りした後で、8輛が並んでいる山車の列の一番後ろへ行ってみました。
ここでも西町の山車の横で、お囃子の奉納がされていました。
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挙母まつりの最大の見せ場と言われている曳き出しが行なわれるのは午後4時です。
それまでは各町内の山車の前で舞いやお囃子の奉納がされています。

そして午後4時が近づいてきました。
先頭の山車から境内でUターンして曳き出しが行なわれるようです。
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午後4時。神社のすぐ近くの矢作川の河原で花火が打ち上げられ、曳き出しが始まりました。
先頭の華山車(はなぐるま)の旧南町の山車が見ている前で白い花吹雪をまきながらUターンしていきました。
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4~5分間隔で次の山車が続きます。
2番目は樹木地区の旧本町です。オレンジ色の紙吹雪が鮮やかです。
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3番目は下町地区の喜多町。赤と黄色の花吹雪です。
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4番目も下町地区の神明町です。水色の紙吹雪でした。
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5番目は下町地区の中町です。ピンク色のきれいな紙吹雪が風に舞います。
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6番目は下町地区の竹生(たきょう)町です。赤と白色の紙吹雪です。
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残すはあと2輛です。すでに6輛の山車が曳き出されたので境内にも空き地が出来てきました。
7番目は樹木地区の旧東町です。
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細かい黄色の紙吹雪です。
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そして8番目。しんがりを務めるのは下町地区の西町でした。
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白一色の清楚な紙吹雪が舞います。
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ところが・・・曲がったところで白色から紫色に突然に色が変わる変化技を見せました。
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紫色の紙吹雪をたなびかせて、最後の西町の山車が曳き出されて行きました。
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曳き出しが済んだ後の境内です。
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曳き出しを見ていた人が一斉に動き出してごった返しの状態です。

いろんな場所で見てみたいと思いますが、とにかくすごい人で自由に行動が出来ない状態なのです。
今度は鳥居の外の境内の出口付近で見てみたいと思いました。

8輛の山車は境内を出た後、神社近くの交差点で一旦集結していました。
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このあと、「泣き別れ」といって、樹木地区の3輛は南の方へ、下町地区の5輛は北へと別れて、各町内へ戻って行きます。
この場所で、今年の先頭を担当した華山車より、一年の想いが来年度の華山車へと引き継がれます。

豊田市の秋祭りの第3弾。
10月18日、19日の2日間、挙母(ころも)神社の例大祭、挙母まつりが始まりました。
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今日18日の試楽では、県の有形民俗文化財に指定されている8輛の山車による町内曳きが行なわれました。
町内曳きは、樹木地区の三町曳きと下町地区の五町曳きの2つの地区に分かれて行なわれます。
豊田市駅前周辺で五町曳きが行なわれる下町地区のお祭りの様子を見に午後1時過ぎから出かけてみました。
午前中に各町内を曳きまわしてきた5輛の山車が駅前通りに並んでいました。
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列の後ろから
西町
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竹生(たきょう)町
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中町
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神明町
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喜多町の順に並んでいました。
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写真を撮りながら先頭の喜多町の山車まできたところで、五町曳きがスタートしました。
先頭は喜多町です。
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1輛ずつ間隔を空けて曳き出して、駅前の交差点で勢いよく左に曲がり、そこから細い道を町の中へ進んで行きます。
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曲がるところで、山車からは激しく紙吹雪がまかれます。
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赤と黄色の2色の紙吹雪です。
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続いて神明町です。
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紙吹雪無しで通過して行きました。
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3番目が中町です。
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ピンクの紙吹雪が風に舞います。
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竹生町です。
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紅白の紙吹雪です。
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そして最後に西町です。
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真っ白な紙吹雪です。
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細かく切った白い紙吹雪が綺麗です。
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5輛の山車が去ったあとの駅前の道路には、色とりどりの紙吹雪がアスファルトが見えないくらい積もりました。
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子供達は大喜びでその紙吹雪を集めて袋に入れていました。
その様子をよく見ていたら、清掃活動として紙吹雪を集めている奉仕活動をしているようでした。

挙母まつりは三河地区でも三大まつりに数えられるお祭りで、起源は古く江戸時代後期から明治初期に今の形になったと言われ、挙母城下の町人の心意気が今に伝えられています。
明日は本楽祭です。午前中に8輛の山車が挙母神社前に並び、境内に曳きこまれます。
明日のブログでその様子をお伝えしたいと思います。



この時期、朝の散歩をしていて見かける野の花に白い可愛い花があります。
一般にはノギク(野菊)と呼んでいる野草です。
我が家の近くの朝日小学校の土手にも咲いていました。
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雑草の草むらの中で、たくさんの花を咲かせていました。
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野菊っていうのは野原に咲く菊に似た花を総称して呼んでいて、正しくはノギク(野菊)っていう名前の草花は存在しないようです。
道端でよく見かけるこの野草の花は「ヨメナ」という植物です。
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名前の由来は「嫁菜」とも「夜目菜」とも言われ、はっきりしませんが、
一説には、美しく優しげな花を咲かせるため「嫁」の名がついたといわれています。
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ヨメナの春の頃の若芽は美味しく食べられるそうです。

そんな野菊が咲いている道端に、黄色い花の「セイタカアワダチソウ」が覆いかぶさるように咲いていました。
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セイタカアワダチソウは、北アメリカ原産で、日本では切り花用の観賞植物として導入された帰化植物(外来種)です。
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日本国内へは、明治時代末期に園芸目的で持ち込まれたようですが、その存在が目立つようになったのは戦後です。
アメリカ軍の輸入物資に付いていた種子によるものが国内に広がった起因とされており、昭和40年代以降には関東以西から九州にて大繁殖するようになったそうです。

やつば池で鳴き声はするけれど、なかなか姿を見せなかったカエルが、この日は池の縁の石の上でひなたぼっこしている姿を見せてくれました。

今年の6月に、後ろ足が出ている大きなオタマジャクシがやつば池に泳いでいるのを見つけていました。
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このジャンボなオタマジャクシの正体は「ウシガエル」でした。
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「ブオォ~~、ブオォ~~」という低い大きな声で鳴きます。
その鳴き声がウシ(牛)によく似ているので、この名前が付けられました。

ウシガエルの資料によると・・・

ウシガエルは、もともと日本に生息しているカエルではなく、外来生物です。
大正時代の中ごろ(1920年前後)にアメリカから食用として持ち込まれました。
生息場所は、平地や山地の池や沼、ときには平地の河川にも分布します。
大きさは、最大で20cm近くになり、国内では最大級のカエルであり、他のカエルとの競争関係において有利な立場にあります。
大きい割には動きが俊敏で、警戒心も強く捕獲には一苦労が必要です。

ということです。

そっと近づいてカメラを向けても、石の上で、ジッと動かずにいてくれました。
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まだ身体が小さくて今年育ったもののようです。
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後ろ姿はこんな感じです。
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正面を向いた顔はかわいい漫画の絵になりそうです。
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警戒心が強くて、人の気配が近づくと、すぐに水の中に飛び込んで隠れてしまいます。
食用ガエルということだそうですが、美味しそうとはとても思えない容姿です。
どんな味がするんでしょうね!?

4ヶ月前の6月4日にお披露目した八ツ谷池(やつばいけ)の説明板。
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右側に景観と花と鳥の写真がありますが、先日この写真が3枚とも更新されていました。
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今度の新しい写真は、やつば池で撮影された鳥の写真になっていました。
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最近なかなか姿を見せてくれないカワセミと
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今でも時々飛んできているシラサギと
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池に夏の間住み続けていたカルガモ
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の写真です。

この説明板の写真を見て、カワセミの写真を写しに来る人がいるようですが、散歩道を歩く人の姿に鳥たちは警戒しているようで、人が多い時には、どこかに隠れてしまいます。

もうすぐ冬の渡り鳥のマガモが飛んできてくれそうです。

大きな台風が先週の18号に続いて1週間置きに2つ目の台風19号が日本に上陸しました。
10月13日の体育の日、鹿児島から四国を横切り、大阪から紀伊半島を東に進んで三重県の津市に来た時には、このまま豊田市を直撃のコースだと思っていたら、なんと、向きを北に変えて名古屋の西部から一宮を経由して岐阜県の美濃加茂の方へコースをとり、豊田市をまるで避けるように進んで行ってくれました。
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何故だか、伊勢湾を渡りたくなかったみたいです。

そのまま真っ直ぐ行けば、い~じゃないの~!
ダメヨ~! ダメダメッ!
って言ったかどうか?

おかげで、豊田市では大きな被害もなかったようでホッとしています。

14日の朝の散歩で、台風一過での吹き返しの強い風が吹く中を、やつば池散歩道に行ってみました。
台風が掃除をしてくれたような澄んだ空気で、猿投山がくっきりとそびえていました。
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ところが、心配していたとおり強い風でコスモスが根元付近から傾いて可哀想な姿になっていました。
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茎が細いので、無理に起こすと折れ曲がって痛めてしまうので、このまま自然に上に伸びるのを見守った方が良いように思います。
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散歩道の別の場所には、ドングリの実がたくさん落ちていました。
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風が吹かなくても、もうじきにいっぱい落ちてくるドングリですが、台風の風で振り落された実が通路にギッシリと落ちていました。
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その他にも背の高いキクイモも散歩道に横たわっているのがありましたが、手助けをして起こしてやりました。

強い勢力のまま東北まで進んで行った台風19号は、大きな爪跡を残して三陸沖で温帯低気圧になりました。

今年の台風は、これで終わりにしたいと願いたいものですが、異常気象の昨今なので、まだ油断はできないようです。

豊田市の秋祭りの第2弾。
10月12日の日曜日の午後、今日は猿投(さなげ)神社で行なわれている猿投まつりを見に行ってきました。
台風19号の接近で心配された天候も、幸いにも穏やかな曇り空の一日になり、暑くもない絶好の祭り日和になりました。
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猿投山(629m)のふもとにある猿投神社は、豊川市の砥鹿神社(一ノ宮)、知立神社(二ノ宮)に次ぐ三河国の三ノ宮で、第13代 仲哀天皇元年、勅願により現在地に創祀されました。
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猿投山の東峯に東宮、西峯に西宮を祀り、本社(ほんやしろ)、東宮、西宮を総称して猿投三社大明神と呼び、古くより崇敬を集めてきました。
拝殿の前には、昨日の試楽で本殿から運び出された3台の神輿が鎮座していました。
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猿投神社の御祭神の「大碓命(オウウスノミコト)」は、景行天皇の第一皇子で、「小碓命(オウスノミコト)=日本武尊(ヤマトタケルノミコト)」とは双子の兄弟にあたります。

猿投神社では、古来より左鎌を奉納して祈願するならわしがあります。
これは、御祭神・大碓命が左利きであったことから、左鎌を用いて当地を開拓された御神徳を慕ったことが起こりではないかといわれています。
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豊田市内外の企業が奉納した職場の安全祈願をした左鎌が拝殿横にギッシリと掲げられています。
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猿投まつりの起源は16世紀後半と言われ、最盛期には尾張・三河・美濃の3ヶ国・186ヶ村から献馬や棒の手が奉納されていたそうです。
境内で棒の手の技を競い合いましたが、もめ事も多く「けんかまつり」の異名もあるほどだったと言われています。

猿投まつりには、山車がありません。
まつりのメインである郷土芸能「棒の手」(県指定無形民俗文化財)が境内で勇壮に奉納されます。
棒の手は、室町時代から受け継がれてきた農民武芸で、のちに五穀豊穣祈願で披露されるようになりました。
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猿投まつりでは、鎌田流と見当流の2つの流派が棒の手を奉納します。
子供たちの可愛い演技の後に・・
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中学生以上から年配の方までが真剣勝負の棒の手を演じます。
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二人の呼吸が合わないと怪我をしてしまいそうです。
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高齢者の方も、気合十分の演技を披露されていました。
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元気な身体で、足腰が丈夫でないと出来ません。
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演技の後には観衆から大きな拍手が送られていました。

棒の手が奉納されている間にも、境内の隅では火縄銃の空砲が次々と発砲されて大きな音が境内を響き渡っています。
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本楽祭では棒の手の他、拝殿前の舞台で巫女舞の奉納も行われました。
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境内には献馬の飾り馬(馬の塔)がいて、参拝者と一緒に写真を撮っていました。
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御祈祷をお願いした人には、馬が3周回ってくれてお祓いをしてくれるようです。
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昔から受け継がれる伝統のお祭りという感じがした猿投まつりでした。

何とか雨も降らずに2日間の秋祭りが無事に行なわれたようです。
明日からの台風19号の接近が気になります。
次週の土日は挙母神社の祭礼「挙母まつり」があります。

台風19号の接近が気になる中で、秋のお祭りが各地で始まっています。
豊田市内では、今週の土日(10月11日、12日)に、猿投まつりと足助まつりが行なわれています。
土曜日が試楽祭、日曜が本楽祭です。
10月11日の午後、足助まつりに出かけてきました。
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足助まつりは、足助八幡宮(白鳳2年創建)のお祭りです。 文正元年(1466年)再建の本殿は国の重要文化財に指定されています。
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江戸時代の中期以前より、現在に近いの形のお祭りが行われていたようです。
足助の4つの町内(西町、新町、本町、田町)の4台の山車が有り、土曜の試楽祭では、山車が組み立てられて町内を曳きまわします。

足助の町並みを歩いて行ったら、運良く2台の山車が引き回しの途中の休憩しているところに遭遇しました。
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西町の山車です。
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そして新町の山車です。
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足助の山車の前面には出役棚という舞台があり、ここに3人の若者が乗って、山車の曳行中には踊りやかけ声で囃すのが特長です。
新町の山車で、ちょうどその踊りを披露してくれていました。
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明日の本楽祭では、4台の山車が宮入します。八幡宮に入ると境内を一周して、梵天の取り合い、鉄砲隊の発砲などが行われます。
迫力満点の火縄銃による鉄砲隊で、一見の価値があるようです。

明日は台風による天候が心配です。
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本楽祭が何とか夕方まで雨風にならないで楽しくお祭りが出来るようにと願いながら足助の町を後にして帰りました。

足助といえば紅葉の香嵐渓ですが・・・
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まだ1ヶ月以上前なので、緑のカエデの葉っぱでしたが、散策する人もたくさんいて賑わっていました。

10月10日は東京オリンピックの開会式が行われた日です。
あれからちょうど50年になりました。
この日は、昔から晴れの特異日と言われているように、不思議と雨が降らない良い天気になるようです。
今日も青空が広がる秋晴れの日になりました。
やつば池散歩道のコスモスがどんどん育って、たくさんの花を咲かせ、見ごろになっていました。
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先日の台風18号の風にも負けずにコスモスは倒れていませんでした。
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コスモスと斜面に植えられているマツバボタンのピンクの花が競演して咲いています。
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まだしばらくの期間、この花の景観が楽しめそうです。

秋と言えば柿の実が色ずく頃です
やつば池散歩道の横に1本植えられている柿の木の実が、ずいぶん黄色くなってきています。
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枝いっぱいに実がギッシリとぶら下がって豊作です。
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もうそろそろ収穫できる時期になると思います
柿の木を世話をされているやつば池クラブの人にお願いして、何とかゲットして味わいたいと思っています。

豊田市にある矢並(やなみ)湿地を代表とする湿地「東海丘陵湧水湿地群」が、2年前の平成24年(2012年)7月3日、国際的に重要な湿地として「ラムサール条約」に登録されました。
「ラムサール条約」とは、湿地の保全と賢明な利用を推進することを目的とした国際条約です。
1971年にイランのラムサールで開かれた国際会議で採択されたことからラムサール条約と呼ばれています。
日本国内では、釧路湿原(北海道)や藤前干潟(愛知県)などが登録されています。

その「矢並湿地」で、秋の一般公開が10月8日(水)~12日(日)に実施されています。

10月9日(木)の朝10時頃、貴重な期間の一般公開を見に出かけました。
矢並湿地には駐車場が無く、近くの鞍ヶ池公園の駐車場から無料シャトルバスで連れて行ってくれました。
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受付をしたあと、
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湿地内を自然愛護協会の会員の方にガイドをしてもらいながら、1周200mほどの植物観察コースを20~30分かけてゆっくりと回ります。
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矢並湿地は、豊田市の中心市街地から東に約4キロメートル、愛知高原国定公園の鞍ケ池公園の南東部に位置していて、面積は5.13ヘクタールです。(※ 東京ドームは4.7ヘクタール)
昭和48年(1973年)から、豊田市自然愛護協会の協力のもと市が保護管理を開始し、湿地の周囲をフェンスで囲むなどして、湿地内の植物を保護してきました。
その後は一般の立ち入りを禁止してきましたが、実際に湿地を見てそのすばらしさを多くの人に知ってもらおうと、平成10年(1998年)に観察用通路や周遊路、物見台を整備しました。
湿地を踏み荒らすことなく間近で観察できるようにして、同年9月に初公開しました。
翌年の平成11年(1999年)4月には、地元に「矢並湿地保存会」(会員数:108人)が発足し、湿地周辺の草刈りやパトロールなどを行い保護しています。

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現在、同湿地では「シラタマホシクサ」(ホシクサ科/環境省レッドデータブック絶滅危惧Ⅱ類)や、「ミカワシオガマ」(ゴマノハグサ科/環境省レッドデータブック絶滅危惧ⅠB類)などの花が咲いています。
シラタマホシクサは、鉄分の多い酸性の湿地に生える1年草です。
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高さは20~40センチメートルです。
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細い茎の先の頭花は直径6~8ミリメートルで、全体に短い白毛が密生し、多数の小花がつきます。
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花茎の先端に白い球状の花を付けて群生します。

また、赤紫色の花のミカワシオガマは、山地の草原に生える多年草で、シオガマギクが湿地で変化したものです。
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シラタマホシクサの中に一緒に咲いています。
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高さ30~50センチメートルの茎先に赤紫色の花を咲かせます。
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秋のこの時期に湿地を鮮やかに彩ります。
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シラタマホシクサやミカワシオガマが群生する矢並湿地を多くの人たちが次々と案内人の説明を受けながら観察しています。
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いろいろな野草の説明を受けましたが、その中でもアザミの種類のピンクの可愛い花がきれいでした。
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中日新聞の地方版でも紹介されたので、お昼前頃にはたくさんの人で賑わってきていました。
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シャトルバスが20分間隔の運転と案内されていましたが、この日は5~10分でバスが発車するようになっていて、待たずにスムーズにバスに乗ることができました。
天気予報では傘マークは無かったのに昼頃には小雨がパラパラと降ってきました。
早めに行ったので雨に降られずに、曇り空の中で見ることができました。


2014年10月8日の夜に、全国で皆既月食が見られました。
皆既月食が日本で見られるのは、およそ3年ぶりの2011年12月10日以来だそうです。

我が家の窓から見た夕方の東の空には、あいにく雲が多く出て、空を覆っています。
午後6時45分、幸いにも雲の合い間からおよそ半分になった月が見えてきました。
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その後も、ちぎれ雲がゆっくりと流れている中で、月が出たり隠れたりの状態でした。
7時00分ごろの月食です。
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7時12分ごろ、頭のてっぺんだけが光る、チョッと笑えるお月さんになりました。
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もう少しで皆既月食の始まりという所で、無念ながら雲に隠れてしまいました。

それから長い間雲に隠れていた皆既月食の月が、運よく7時58分~8時03分の5分間だけ雲の合い間が出来て、赤い月が姿を見せてくれました。
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それからおよそ30分間は、雲の中に月が隠れたままでしたが・・

8時32分に雲の切れ目から皆既月食が終わって、少し斜め左が光る月が見えてきました。
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雲に隠れたり現われたりの状態で、しばらくだんだん光が明るくなってくる月が見えていました。
8時59分のこの月の形まで見られましたが、とうとう大きな雲の中に隠れてしまいました。
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豊田市から見る皆既月食の状態は、こんな感じで雲に邪魔されましたが、なんとか見ることができました。
次回は半年後の2015年4月4日に、時間が短いけれど、また皆既月食が見られるそうです。

2014年9月11日のブログで紹介した豊田市御船(みふね)町の湿地に自生している豊田市指定天然記念物のシラヒゲソウ(白髭草)。
9月11日の時には花を見つけられなかったので、およそ1ヶ月後の10月7日に、もう一度見に行ってきました。
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誰もいなくて静かです。
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花が見つかるのか期待しながら柵の中を見ると・・・
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柵の中に小さな白い花を見つけました。シラヒゲソウの花です。
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たくさん咲いています。
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柵には、シラヒゲソウの開花状況の記録ノートが貼られていました。
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9月11日   3個
  16日  23個
  23日  99個
10月 1日 157個

と、およそ1週間の間隔で調査をして記入されていました。
この記録によると最初に見に行った9月11日には3個咲いていたようですが、私には見つけることができませんでした。

次回は明日ごろに数えに来るのかも知れませんが、この日の開花数は、幾つなんだろうかとチョッと気になりました。
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柵の中には、色々な草が生えているので数えるのが難しそうです。

開花時期のピークが過ぎているのか、花びらが散ってしまっているものも多く見られます。
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それでも、ここには7~8個咲いています。
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一ヶ所にまとまっているようで、別の所にも数個の花が咲いています。
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ここは4個咲いていて、2個は花びらが散っています。
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つぼみが見つからないので、ピークは過ぎてもう少し遅かったら花がみんな散っていたかもしれない状態のようでした。

満開のシラヒゲソウをマクロで写した1枚です。
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5つの花弁に白い髭をいっぱい付けています。

貴重な花が来年もまたたくさん咲いてくれように、保存に努力されている方に感謝して、また見に来たいと思っています。
説明板には、開花期が8月~9月と書かれていましたが、9月末~10月初ごろが見ごろのようです。

2014年10月6日、今日は十三夜です。旧暦の9月13日になります。
台風18号が朝、浜松に上陸し、足早に去って行きました。
午後には晴れ間が見えてくるまでに天気が回復し、夕方の東の空に十三夜のきれいな月が姿を見せてくれました。
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十五夜を中秋の名月と呼ぶのに対し、十三夜は「後の月(のちのつき)」「豆名月」「栗名月」ともいいます。
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古くから日本では9月13日の夜の月は、十五夜についで美しい月とされ、宴を催すなど月を鑑賞する風習がありました。
十五夜は中国から伝わったものですが、十三夜は日本固有の風習で、秋の収穫祭の一つではないかと考えられています。

一般に十五夜に月見をしたら、必ず同じ場所で十三夜にも月見をするものともされていました。
これは十五夜だけ観賞するのは「片月見」といって忌まれていたからです。

午後6時の我が家玄関前で見上げた十三夜の月です。
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今日の月は、台風が雨を降らせて空気がきれいになり、一段と鮮やかな秋の月になったようです。

昨日の豊田スタジアムに続いて、豊田市内のコスモス情報です。
10月4日(土)、逢妻女川と東名高速道路が交差する豊田市千足町の休耕田で、黄色のコスモスが見ごろになっていました。
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コスモス畑には、こんな看板がありました。
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千足環境保全協議会が行なっている農村環境向上活動と書かれています。

地元の情報が無いので詳しいことはわかりませんが、毎年この場所には黄色系(オレンジ色)のコスモスと普通に見かけるの桃色系(ピンク色)のコスモスの2種類のコスモスが育てられています。

豊田スタジアムのコスモスに比べると背丈が低いので、夏ごろに種蒔きをしたものと思われます。
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ちょうど今が満開で、とっても綺麗です。
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コスモスはいずれも外国が原産の花ですが、ピンク系のコスモスは江戸時代末期から明治時代にかけて日本で多く広まっていますが、黄花(キバナ)コスモスという背丈の低い黄色系のコスモスは、大正時代に日本に伝わってきたそうです。
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台風18号の接近でコスモスが倒れてしまわないか気になります。
あまり強い風が吹かないことを祈っています。

台風18号の接近が心配な10月4日の午後、豊田スタジアムの東側のコスモス畑に行ってみました。
コスモス畑といえばピンク色のイメージがありますが、ここのコスモス畑は一面に真っ白の花が咲いているコスモス畑も広がっています。
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白色のコスモス畑の向こうには、遠くに猿投山が見えています。
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清楚な白一色のコスモス畑です。
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その隣には、よく見るカラフルな色合いのコスモス畑が広がっています。
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ちょうど見ごろの満開です。
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花好きの友達を誘って見に来ている人たちや、ファミリーの姿もありました。
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背丈が高く伸びているので、今度の台風の風で倒れてしまわないか心配です。
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色とりどりのコスモスの花
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豊田市のホームページによると・・・
豊田スタジアム東側の田畑(約6ヘクタール)ではコスモスの花が満開です。
この花々は、土地所有者の皆さんと豊田スタジアムが協同して花づくりを行う事業で、今年は“とよた都市緑化フェア2014”と連携した事業でもありました。
長雨や冷夏の影響で生育に不安があったものの、無事に約170万本のコスモスが咲き揃いました。
ということです。

コスモスが終わった後には、今度はどんな花が育てられるのか楽しみです。

10月3日、豊田市西山公園の花時計が、サルビアの赤色とマリーゴールドの黄色で、鮮やかに飾られています。
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秋のバラの花が咲き出している公園内のバラ園に行ってみました。
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この日は近くの小学校の野外学習が行なわれていて、たくさんの子供達で賑わっていました。
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生徒たちは花を見るよりも、グループに分かれてゲームを楽しんでいます。
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まだまだつぼみが多くあるので、長い間で花を楽しめそうです。
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春のバラが終わった後の枝の剪定や追肥など、西山公園の人たちのバラに対する心のこもったお世話のおかげでで、こうして秋のバラを楽しませてもらっています。
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秋のバラの花は、春のバラに比べると、枝の茂りが少なく花の数も少なく感じましたが、色は鮮やかでとってもきれいでした。

やつば池散歩道に、鮮やかな黄色の花を咲かせている、背丈が高く2m近くまで伸びた植物があります。
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これは何かと尋ねたら・・答えは「キクイモ(菊芋)」でした。
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キクイモの名は、菊に似た黄色い花をつけ、芋ができるために付けられたそうです。
9~10月に花が咲いて、11月には茎が枯れて地中には生姜(しょうが)によく似た塊根を作ります。

日本には江戸時代末期に北アメリカ地方から飼料用作物として輸入されたそうです。
豚の飼育用の餌として利用されたので「ブタイモ」とも呼ばれていた時もあったようです。
今では、栄養価が認められ、人間の健康食品としてキクイモの塊根が利用されています。
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名前には芋(いも)と付きますが、キク科の植物で、キクイモの塊根の糖質にはデンプンは含まれておらず、イヌリンという多糖体により構成されています。
菊芋の主成分であるこのイヌリンこそが注目される所であり、様々な健康機能性を備えているようです。
糖尿病の患者などには、キクイモの塊根を「天然のインスリン」とも呼ばれているそうです。

料理としては牛乳煮、バター焼き、フライ、スープ、味噌漬け、煮物などで食べられています。
また健康食品として顆粒やお茶として加工され市販されています。

豊田市にも近い岐阜県恵那市岩村町では菊芋が多く栽培されていて、味噌漬けや粕漬けなどが名物として、お土産品の店「およねさんの店」などで販売されています。
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秋の空に向かって咲くキクイモの花。
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どんな芋が地面の下に出来ているのか、早く見てみたいものです。

今日は、東海道新幹線が開業してから、ちょうど50年になる日です。
東京オリンピック開会の直前の昭和39年(1964年)10月1日に東海道新幹線の営業がはじまりました。
当時は国有鉄道(国鉄)が運営しており、開業時の東京と新大阪の所要時間は0系新幹線の「ひかり」で4時間ちょうどでした。
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東海道新幹線をオリンピックに間に合わせるようにと、短い工期で何とか開業にこぎつけたという経緯があり、路盤の安定などを配慮し、開業後1年間は馴らし運転の意味合いで、最高速度を210キロとしました。
東京駅から新大阪駅までの所要時間は「ひかり」では4時間、「こだま」では5時間で運転していました。

そして翌年(昭和40年)の11月以降は、ダイヤ改正して0系「ひかり」が、最高速度は210キロのままで、東京駅と新大阪駅を50分も短縮して、3時間10分で運転されています。
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その後、新型の100系で最高速度を220キロと10キロスピードを上げて同区間が2時間49分となりました。
100系新幹線です。
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さらに平成4年(1992年)3月のダイヤ改正で登場した300系で最高速度が270キロとなり、同区間を2時間30分まで短縮しました。
300系新幹線です。
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5年後の平成9年には500系が、そしてさらに2年後の平成11年には700系の登場しています。
最高速度は270キロのままです。
700系新幹線です。
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平成19年(2007年)7月に登場したN700系では最高速度はそのままでしたが、加速性能などを向上させて、同区間の所要時間を5分短縮して2時間25分にしています。
N700系新幹線です。
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来年の2015年春から、23年ぶりに最高速度を285キロに引き上げる計画があるようです。
これにより東京駅 - 新大阪駅間が2分から3分短縮される見通しです。

平成11年9月にさよなら運転で名古屋駅に到着した0系の「こだま」です。
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名古屋市港区にあるリニア鉄道館には、現役を終えた0系新幹線が展示されています。
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その横に並んでいる歴代の新幹線。
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そして、愛・地球博でお目見えした超伝導リニアの実験車両も展示されています。
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東京駅から40分で名古屋駅に着いてしまうという中央リニア新幹線が、13年後の平成39年(2027年)の営業開始を目標に工事が始まりました。
それまで元気に頑張って、実物のリニア新幹線に乗れる日を楽しみにしています。

余談ですが、名古屋市緑区の実家の田んぼの土地が新幹線のルートで買収されたことで招待状がもらえ、何故かその時高校1年だった私が、その特典を使って、50年前の昭和39年の新幹線が営業を始める前の9月に行なわれた試乗会で、名古屋駅から豊橋駅までの往復運転に乗せてもらったことを思い出しました。

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