カテゴリ: やつば池に近い周辺の情報
ちょうど見頃の逢妻女川の彼岸花 2019.10.1
彼岸花を見に来た人たちの車で、宮上橋近くに設けられたの臨時駐車場は満車状態でした。
宮上橋から上流方向を見ると、左岸堤防(写真の右側)は真っ赤に染まっていますが、右岸堤防はまだ斜面部分が七分咲きっていう感じの開花状況です。
これくらいの開花状況が一番きれいな見頃だと思います。
宮上橋とその上流の天王橋の中間あたりでは、真っ赤な絨毯を敷き詰めたような景観になっています。
右岸堤防から振り返って宮上橋を見た景観です。
この2~3日後には最初の頃に咲いた花が白っぽくなってきてしまうので、少しずつ綺麗な景観が見られなくなってきてしまいます。
近づいている台風18号の影響が出る前に、ぜひ見て欲しい今年の逢妻女川の彼岸花です。
我が家で育ったUFOピーマン
もうすぐ見頃の逢妻女川の彼岸花 2019.9.28
9月28日(土)のお昼前ごろの開花状況です。
宮上橋から上流(北)方向を見た景観です。
左岸の堤防の方が開花が進んでいます。
宮上橋近くに立てられている案内板です。
23年前の平成8年(1996年)から彼岸花を植え続け、現在(令和元年)では200万本が咲くまでになっているそうです。
少し堤防を歩いて全体を見渡すと、開花状況はもうすぐ見頃の三分咲きといった感じです。
宮上橋の下流側右岸の堤防にテントが張られています。
逢妻女川彼岸花育成会のイベントが行なわれていて、200円で彼岸花を観賞しながら椅子に座って、お茶と大福餅がいただけます。
一日限定のイベントです。
宮上橋から天王橋まで彼岸花の道を歩いてみました。
少し進むと、土手に臨時の階段が設置されていて、堤防の下へ降りられる場所がありました。
階段の下は絶好の撮影ポイントです。
200~300mほど歩いて、天王橋の手前まで来ました。
この辺りでは開花が進んでいて、一面真っ赤に咲いている場所もありました。
花の蜜を求めて、アゲハチョウの飛び交う姿もありました。
彼岸花の道をぐるりと一周して、宮上橋まで戻ってきました。
彼岸花の開花は一気に進むので、あと一週間程度が見頃だと思われます。
台風の影響で天候が気になりますが、今が見頃になってきた逢妻女川彼岸花へぜひお出かけください。
臨時駐車場も用意されています。
まだ一分咲き程度の逢妻女川の彼岸花 2019.9.26
2日前より開花が進んでいるかどうか期待して行ってみましたが、それほど花は咲いていませんでした。
それでも宮上橋と天王橋の中間あたりでは、うっすらと赤くなり始めていました。
明日には一気に開花が広がりそうです。
宮上橋から北の方向を見た様子です。
橋の下に降りてみました。
少し咲き始めた場所もあったので、一分咲きとでもしておきます。
宮上橋から南の下流方向を見た様子です。
県道に架かる男橋の手前には、少し多くの花が咲き出していました。
今日も晴れで最高気温が30℃を超える残暑になるようです。
彼岸花の開花には、この気温が好まれるのか嫌がられるのか分かりませんが、28日土曜日の「歩いてみよう彼岸花の道」のイベントに参加された人から『 わあ~! きれい!』と喜んでもらえる様に彼岸花が咲いてくれるのを期待しています。
開花間近になった逢妻女川の彼岸花 2019.9.24
先回から3日後の9月24日(火)、宮上橋から上流方向を見た逢妻女川堤防の彼岸花の開花状況です。
まだ赤い部分が見られず、開花まであと少しの状態でした。
それでも3日前には、つぼみの茎もほとんど姿が無かったのに、雨の恵みを受け一気に花芽が伸びて、堤防一面に薄緑色の茎の先に赤いツボミの姿が広がっていました。
ツボミを踏まないように「足元注意」の看板も掲げられていました。
全体にはまだまだでしたが、早い花芽は開花している所もありました。
そんな中で、宮上橋の上には彼岸花を見に来られたデーサービスのグループの皆さんが、残念そうに逢妻女川の堤防を見下ろしていました。
散歩道の片隅に、逢妻女川彼岸花育成会が計画されている彼岸花を見ながらのイベントの案内看板が立てられていました。
9月28日(土)の午前10時から午後1時まで、200円で大福餅とお茶がいただけます。
その日までにはさらに逢妻女川の彼岸花も開花が進んできているものと楽しみにしています。
開花が10日ほど遅い逢妻女川の彼岸花 2019.9.21
豊田市宮上町周辺を流れる逢妻女川の堤防に植えられているヒガンバナ(彼岸花)が、毎年この時期になると真っ赤に咲き誇り、多くの人が散策を楽しみながら訪れています。
今年の開花状況を見に出かけてきました。
宮上橋の上から逢妻女川の上流方向を見た様子です。
昨年の今頃は、堤防が真っ赤に染まる見頃に近いほどの開花状態でしたが、なんと今年はまだ堤防にはヒガンバナのツボミさえ見えないくらいの状態でした。
現地にいた逢妻女川彼岸花育成会の人の話を聞くと、今年は昨年より一週間から10日ほど開花が遅れているという話でした。
逢妻女川の上流の右岸堤防から宮上橋方面を見た様子です。
自然の草花の成長はその年の気候に大きく影響されます。
今年の夏の気温がヒガンバナの開花を遅らせたようです。
よ~く見ると、堤防の数か所にヒガンバナの芽が出だした所がありました。
芽が出だすと、成長が早いので開花まで数日です。
逢妻女川彼岸花育成会の方の話では、ヒガンバナを楽しみながらお茶や和菓子をいただくイベントは一週間後の日曜日を予定しているそうです。
ちなみに、昨年の9月21日の開花の様子は下の写真です。
同じ日の今年の様子です。
一年違うだけでこんなに開花時期が変わるんですね。
また後日、今後の逢妻女川のヒガンバナの開花状況をお伝えしたいと思っています。
初めて咲いた我が家のサギソウ
春の日に咲く我が家の可憐な花たち
月と金星が接近する天体ショー 2019.2.1
2月1日(金)の未明から明け方に、南東の低空で月齢26の細い月と、明けの明星の金星が大接近して見える天体ショーが楽しめました。
東の空が明るくなり出した6時10分頃の我が家から見た東の空です。
(文字は後から書き込んだものです)
インターネットからの情報で・・・
地球照を伴った幻想的な細い月と金星の共演は、数ある月と惑星の接近の中でも随一の美しさで、早起きして見る価値のある光景だ。肉眼や双眼鏡で眺めたり、写真に収めたりしてみよう。
と書かれていました。
その20分後の6時30分頃の写真です。
30分足らずで空がずいぶん明るくなりましたが、星たちは南の方向に移動していて、木製が電柱の右側に見えていました。
明るくなった空に光る月と金星です。
しばらくして、一気に明るくなり、木製も金星も見えなくなってしまいました。
月と金星の次回の共演は3月3日にも見られるそうです。
正月におめでたい紅白のナンテンの実
年の瀬に、豊田市でこの冬初の積雪 2018.12.29
朝日小学校の校舎の上に架かる虹 2018.12.17
豊田市小坂町の毘森公園駐車場の紅葉
新しく塗りなおされた町内の道路の区画線
道路に白い区画線を引く作業の人たちの車でした。
豊田市立朝日小学校の通学路にもなっている我が家の前の道は、白い区画線がほとんど消えかかってしまっています。
この道路は平成14年(2002年)7月に、町内の下水道の工事が終わった後に、アスファルト舗装が全面更新されています。
舗装されたアスファルトが剥ぎ取られ、
新しく舗装がされました。
この工事の後に新しく区画線が引かれており、それから15年余りが経過しました。
少しずつ路面が風化して白線は消えかかり、現状の姿になりました。
そんな状態を見て、西山自治区の役員さんからの要望が受け付けられ、白線の塗りなおし工事が実現したようです。
消えかかった線の上から、線を塗りなおしていきます。
塗られた塗料は4~5分で完全に乾くそうです。
白線が塗りなおされたことで、道路が新しく舗装されたような錯覚をするくらい綺麗になりました。
三叉路の印しや、一時停止線なども甦(よみがえ)りました。
作業を始めてからおよそ2時間余りで、予定された道路の線引き作業が終わったようです。
翌日の朝、朝日小学校へ通学する子供たちは、交通ルールをキチンと守って、新しく塗りなおされた白線の外側を歩いていきました。
道路の白線の塗りなおしの基準がどうなっているのか判りませんが、交通事故死亡者数が日本一多い愛知県としては、こういった作業も事故防止につながる大切なことだと思います。
別の町内や幹線道路の白線が消えかかっているのを見ると、この場所も早く塗りなおしが行なわれればいいのにと気になるようになりました。
秋の夜空で月と火星の大接近 2018.10.18
体育の日の夕空に秋の雲が出現
秋の空には、魚の鱗(うろこ)のようにみえる「うろこ雲」や、モコモコの羊の毛のような「ひつじ雲」などの雲が姿を現します。
この日に見られた写真の雲は、うろこ雲なのか、ひつじ雲なのか?
この2つの雲の違いを調べてみました。
うろこ雲は、「いわし雲」という呼ばれ方もしますが、気象学的には巻積雲(けんせきうん)の一種に分類されます。
秋を代表する雲で、上空の高いところに発生します。
また、巻積雲は雲が薄く、太陽がすけるため陰ができません。
ではひつじ雲はというと、高積雲(こうせきうん)の一種です。
巻積雲と比べると、発生する場所が低く、雲が厚いため、底に陰があります。
発生する高さが違うということは、地上にいる私たちからの距離も異なってきます。
そのため、見かけの大きさでも判断することが可能と言われています。
手を伸ばして、小指または人差し指を1本立てます。雲の塊が小指に隠れた場合は、上空の高い所にできる「うろこ雲」の巻積雲の可能性が高くなります。
一方、雲の塊が人差し指からもはみ出してしまうようであれば「ひつじ雲」の高積雲ということになります。
そういう見方でいうと、この日の雲は「ひつじ雲」じゃないかと思います。
空を見上げた時に「あの雲はどっちかな…?」と思ったら、手を伸ばして指を立てて判断する方法を思い出してみてください。
逢妻女川の彼岸花情報(満開です)2018.9.25
宮上橋から上流の方向を見た景観です。
堤防の上の方まで咲き出して、200万本のヒガンバナが満開になりました。
雨上がりの曇り空の中でしたが、まだまだ多くの人が訪れて、真っ赤に染まった逢妻女川堤防のヒガンバナを楽しんでいます。
早く咲き出した部分の花は、少しずつ色あせて来ていました。
サクラの花なら、満開の後には散り始めという表現がありますが、ヒガンバナは散らずに赤色が褪せていくという終わり方なので、見た目に残念です。
それでもまだ、天王橋の方は咲き出したのが少し遅かったので、今から見頃になります。
左岸側から天王橋方向を見た景観です。
天王橋を渡って、右岸側から天王橋方向を見た景観です。
右岸側の宮上橋と天王橋の中間地点から宮上橋方向を見たヒガンバナの景観です。
そして、天王橋の方向です。
今年のヒガンバナ情報を9月15日からスタートして10日が過ぎ、その間に多くの方にこのブログ「やつば池散歩道」に訪問していただきました。
今回のブログを最後に、今年の逢妻女川の彼岸花情報は終わりにし、また来年も同じように逢妻女川の彼岸花情報を発信していきたいと思っています。
逢妻女川彼岸花育成会のみなさんのおかげで、今年も綺麗なヒガンバナを楽しませていただき、ありがとうございました。
逢妻女川の彼岸花情報(満開近し)2018.9.23
宮上橋の上から上流の方向を見た景観です。
200万本のヒガンバナの花が8分ほど咲いており、堤防全体が真っ赤に染まる満開まで、もう少しといったところでした。
日曜日ということもあって、朝から多くの人がヒガンバナを見に来ています。
きれいな写真を撮ろうと頑張る姿があちらこちらで見られました。
ヒガンバナの花の中で浮かぶように架かる宮上橋です。
この日は朝10時から「逢妻女川彼岸花育成会」主催のイベントがあるので、宮上橋と男橋の間の右岸堤防に青色のテントが張られ、イベント会場の準備がされていました。
見頃になった200万本ともいわれているヒガンバナ咲く逢妻女川の堤防を歩いた後に、お茶と大福餅をいただきながらヒガンバナを楽しむイベントです。
朝から晴天で良い天気に恵まれたので、たくさんの人が訪れて賑わいそうです。
逢妻女川の彼岸花情報(七分咲きです)2018.9.21
いつものように宮上橋から上流の方向を見た景観です。
逢妻女川の川岸に、宮上橋から天王橋までの450メートルの両岸に真っ赤な帯がつながりました。
宮上橋の下に降りられるように手づくりの階段がありましたので、堤防の下まで降りていきました。
宮上橋の下から見た景観です。
すぐ近くの傾斜面に白いヒガンバナが咲いているところがありました。
宮上橋から少し上流に行ったところにも階段があり、堤防の下に降りられる場所がつくられています。
階段を降りて、堤防の下からのヒガンバナは一面に赤く敷き詰められているように見ることができます。
堤防の上の方がまだ少しつぼみの状態なので、全体を見渡すと五分咲きを越えてすでに七分咲きの感じです。
雨が降ったり止んだりで、傘をさしてのヒガンバナの観賞です。
花びらから雨のしずくが光っています。
雨の日ならではの写真が撮れました。
2日後の日曜日には逢妻女川彼岸花育成会のイベントが計画されています。
日曜日は天気予報では晴れマークがあります。
良い天気の下で、満開のヒガンバナが楽しめそうです。
逢妻女川の彼岸花情報(三分咲きです)2018.9.19
宮上橋の上から上流の方向を見た景観が2日前とはずいぶん変わって、もう三分咲き程度になっていました。
堤防の散歩道には、ヒガンバナを見に来ている人の数もずいぶん多くなっています。
ヒガンバナの開花は、最初の一輪が咲き始めたら一週間もすると、堤防全体が真っ赤に染まるくらい早く咲いていきます。
ヒガンバナの咲き具合をみると、堤防の川に近い方が地面が暖かいのか早めに咲くようです。
2日前にはまだ咲いていなかった白色の彼岸花も咲き始めていました。
ところどころに咲いている白い色のヒガンバナは、真っ赤な花の中でアクセントになっています。
上流側の天王橋近くの堤防にもヒガンバナの赤い帯が続いています。
この日は、日中の気温が30℃を超える日差しの強い日になっていたので、日傘をさしてヒガンバナを楽しむ姿もありました。
良い天気が続きましたが、明日からの天候が雨模様の予報になっていて、ちょっと天気が心配です。
昨年と同じように「歩いてみよう彼岸花の道」の案内看板がありました。
9月23日 (日) の午前10時から午後1時まで、逢妻女川彼岸花育成会で企画されたイベントで、200円でお茶を飲みながら大福餅がいただけます。
今度の日曜日(9月23日)には、逢妻女川の堤防が真っ赤に染まる満開のヒガンバナを楽しみながら、のんびりと散策に出かけてみてはいかがですか。
逢妻女川の彼岸花情報(開花が始まる)2018.9.17
宮上橋の上から上流(北の方向)を見た景観です。
雨でたっぷりの水の恵みを受けて、堤防の一部で早くもヒガンバナの花が赤く色づき、咲き始めている所が有りました。
近づいて見ると・・・2日前ではまだつぼみだったのに、一気に開花しています。
晴れて爽やかな風が吹く中で、アゲハチョウがさっそく花の蜜を求めて、お食事中の姿がありました。
宮上橋から上流の天王橋の方へ右岸堤防を歩いて行きました。
ところどころで開花している花が見られる状態でした。
ヒガンバナの堤防に大きな白い色の傘のキノコを発見しました。
雨で湿った草むらからニョキっと茎が伸びた茎の上に真っ白な大きな傘が開いています。
天王橋を渡って、左岸堤防側のヒガンバナを見ながら宮上橋まで戻ってきました。
トヨタ自動車(株)貞宝工場の向こうに猿投山が見えています。
宮上橋の手間付近、この辺りは二部咲き程度といった感じです。
逢妻女川のヒガンバナが植えられている宮上橋から天王橋までの堤防道路は、その距離およそ450mです。
この様子では、あと2∼3日で見頃になりそうなヒガンバナの開花の勢いです。
良い天気が続きそうですので、咲き始めた逢妻女川のヒガンバナを見に、散策に出かけてみてはいかがですか。
逢妻女川の彼岸花情報(もうすぐ開花)2018.9.15
毎年この時期に豊田市宮上町の逢妻女川の堤防に咲くヒガンバナ(彼岸花)情報をお伝えしていますが、今回のブログが今年の第一報になります。
宮上橋の上から逢妻女川の上流(北の方角)を望む景観です。
きれいに草刈りがされた右岸左岸の堤防にはヒガンバナのつぼみが一斉に伸びてきていました。
明日にも開花しそうな状態のつぼみもありました。
堤防の上の方の道端までヒガンバナが植えられていて、足元にも芽が出てきているので、踏まないようにとの注意の看板表示がありました。
ヒガンバナの小さな花芽がニョキニョキと顔を出しています。
花が咲き出すと、写真を撮る人が夢中になって、つい堤防のヒガンバナの花の中まで入り込んでしまい、花を踏みつけてしまうことが例年見かけられるので、花の中へ入らないで下さいと書かれた看板もありました。
堤防の近くに、逢妻女川彼岸花育成会が新しく立てた「彼岸花群生地」の案内板がありました。
説明文には、現在では200万本が咲くと書かれています。
さらに、10年後には300万本を超えるようにと目標を掲げて取り組んでおられます。
彼岸の頃に一斉に咲くヒガンバナとは別に、宮上橋の下流側の男橋の間の右岸堤防には、すでにこの時期に満開のヒガンバナが咲いています。
このヒガンバナは早咲きの品種で、毎年9月上旬には見頃になります。
一足早く、ヒガンバナを楽しむことができます。
また、左岸側の男橋の手前にも、ヒガンバナが少し咲いているところがありました。
男橋手前から宮上橋方向を望む景観です。
逢妻女川彼岸花育成会が立てた「彼岸花育成中」の看板がありました。
以上、9月15日現在の逢妻女川のヒガンバナ情報でした。
今年もこのブログで、これからのヒガンバナの開花情報を随時お伝えしたいと思っています。
今日から二学期がスタート
豊田市の空に架かる虹の架け橋 2018.8.21
梅雨空に咲いた我が家のミニヒマワリ
道路のスキマに生えているコキア
ちなみに番組名の「ヘウレーカ」とは、「わかった」とか「発見した」という意味で、古代ギリシャの科学者、アルキメデスが「アルキメデスの原理」を発見したときに、嬉しさのあまり裸で「ヘウレーカ!」(古代語の εuρηκα)と叫びながら街中を走った、という故事にちなんでいるということです。
この番組で取り上げた、道路縁のアスファルトやコンクリートのスキマに生える小さな草花たち。
我が家の前にも、プランターの外の道路の縁に、そんな草花(スキマ草)が生えています。
この植物は、コキア(ほうき草)です。
昨年の秋にプランターに植えられていたコキアの種が道路と側溝の間のアスファルトの隙間にこぼれていたようです。
春先に小さな芽が出てから、ここまで大きく育ってきています。
番組では、なんでわざわざ窮屈そんなところに生えるのか?という話で盛り上がりましたが、植物学者の塚谷裕一さんは、都会に生きる植物にとってスキマはパラダイスだということでした。
その理由は、ほかの草が新規参入しづらいため、スキマの植物は日光を独占できること。
またアスファルトの下の土は湿っているので水分補給も容易だということです。
我が家の前の道路端の、側溝との2~3ミリのスキマに背丈が20センチほどまで育ったコキアです。
根元の部分をよく見ると、数本の茎が集まっています。
これ以上に成長すると茎が折れてしまいそうですが、コキアの根は直根性の植物で、苗の植え替えには適していないし、スキマが狭すぎて掘り出せないため、このまま見守って行こうと思っています。
Eテレの教養バラエティ「ヘウレーカ」という番組で見た話から、植物の生命力のすごさを我が家の前のスキマ草状態のコキアから実感しました。
朝5時前の東の空の朝焼け雲 2018.5.22
名古屋市の日の出の時刻が、この日は4時44分と、こんなに早くに太陽が出ているのです。
日の出の時刻の少し前に、たまたまトイレに起きて窓の外を見たら、東の空に朝焼け雲が広がっていました。
この写真は午前4時35分頃、我が家の2階のバルコニーから、東の空です。
雲が無いとこんな朝焼けは見えませんが、うっすらと東の空に雲がかかっていて、日の出前の太陽の光が反射して赤く染まっています。
朝日小学校のグランドにある豊田市の緊急放送用の拡声器がシルエットになっている朝焼け雲の景観です。
名古屋市の日の出の時刻は6月の夏至の前ごろには、今よりさらに数分早くなります。
早寝早起きをして、綺麗な朝焼けの空を見るのは時には良いものだと思いますが、ついつい眠気に負けてしまい、なかなか起きられません。
彼岸の入りの日に咲く我が家の花たち
3月18日(日)、今日は「春の彼岸の入り」です。
今年(2018年)の、春の彼岸は3月18日~24日で、最初の日を「彼岸の入り」、最後の日を「彼岸明け」、真ん中にあたる日(春分の日)を「彼岸の中日(ちゅうにち)」といいます。
仏教では、私たちの住む世界をこちらの岸、三途の川(さんずのかわ)を挟んで、ご先祖様の霊が住む世界をあちらの岸と考えられていて、こちらの岸を「此岸(しがん)」、あちらの岸を「彼岸(ひがん)」といいます。
極楽浄土は西の彼方にあるとされているため、太陽が真西に沈む春分・秋分にお墓参りや先祖供養を行うようになりました。
これは仏教にはない習慣で、日本独自のものだそうです。
中日(ちゅうにち)に夕陽を拝むと功徳(くどく)があるといわれています。
そんな彼岸の入りの日に、我が家に咲く春の花たちの写真を撮りました。
このピンク色と白い花は、一般に「サクラソウ(桜草)」と呼んでいます。
正しくは「プリムラ・マラコイデス」という花で、別名を西洋サクラソウとも呼ばれています。
カタカナが多いとなかなか覚えられないので、通称サクラソウと呼んでいます。
そのサクラソウと寄せ植えしているのは「ビオラ」です。
黄色系や紫色系が多く植えられています。
花の咲いている苗を買ってきたものが多い中で、クリーム色や白色のビオラは、自分で種まきから育てたものです。
昨年の秋に、小さな芽を出したものをポットに移して苗を育て、ここまで大きく育って咲いてくれました。
ラッパ水仙も一斉に咲き出しました。
もう一種類の水仙はもうじき花が開くところまできています。
水栽培で知られる「ヒヤシンス」という花です。
こちらはもうじき咲きそろいます。
ヒヤシンスは和名でもヒヤシンスと呼び、風信子という漢字を書きます。
花木では、いい香りがする「ジンチョウゲ(沈丁花)」や、
可哀想な名前の「ボケ(木瓜)」が咲き出しました。
ボケの名の由来は、果実が瓜に似ており、木になる瓜で「木瓜(もけ)」とよばれたものが「ぼけ」に転訛(てんか)したともいわれています。(諸説あり)
この他に、ビオラの隙間にチューリップが植えられていて、葉が伸びてつぼみが見えてきました。
球根のまとめ売りをしていたものを買ってきて植えたので、どんな色の花が咲くのか楽しみです。
豊田市丸根町の畦道でツクシ摘み
豊田市も、名古屋市よりは少し低くかったものの、ポカポカ陽気の日になりました。
午後から、やつば池の近く、豊田市丸根町の田んぼの畦道へ、ツクシ摘みに出かけました。
ちょっと遅い、今年はじめてのツクシ摘みです。
トラクターが田んぼを耕していて、早くも田植え前の準備が進んでいました。
犬の散歩で、犬が入ってこない場所のツクシを探します。
農道を歩きながらツクシを探して歩いていると、群生している場所が見つかりました。
日当たりの良い場所なので、ツクシも太っています。
ツクシの群生、まさに足の踏み場もない状態です。
食用にするツクシは、長さは短くても、芽が出てあまり日にちが経っていない頭が固いものが美味しいです。
あまりたくさん採りすぎると、家に帰ってからツクシ料理のために、袴を剥きとる作業が大変ですが、すぐに袋がいっぱいになりました。
この日は夕食で採りたてのツクシを美味しくいただきました。
豊田市の皆既月食観測 2018.1.31
暗くなった午後6時ごろ、豊田市朝日町の上空には薄雲が流れていましたが、東の空に黄色く輝く満月が顔を出しました。
1月31日の満月は、今月の1月2日にも満月が見られたということで、1か月の間に2回の満月が起こるときにその2回目の月を「ブルームーン」と呼ぶことがあります。(学術用語ではなく、俗称です)
このブルームーンが、今回はおよそ3年ぶりの皆既月食になりました。
夕食後、我が家の庭先で月食の写真撮影に挑戦しました。
午後7時過ぎ、空は晴れていて、東の空高くに白く輝いていました。
月が欠け始めるのが午後8時50分頃ということだったので、そろそろ月が欠けてきているかな?と、9時頃に外へ出てみました。
すでに左下の部分が黒くなった月食が始まった月が見えました。
通常の月の満ち欠けの時の欠け方とは違って、陰の境目がぼんやりとしているように見えています。
夕方の天気予報では、雲が出るかも知れないようなことでしたが、幸いにもしっかりと見えていました。
寒い夜なので、しばらく家に入って身体を温めての横着な月食観測です。
午後9時10分を過ぎたころの月食です。
だんだんと暗い部分が多くなり、地球の影が月に当たっているんだなぁと、感じ取れるようになってきました。
午後9時30分過ぎの月食の状態です。
午後9時48分です。もう少しで皆既月食になるところです。
皆既色の始まりは午後9時51分ということなので、あと3分後です。
皆既食まで、あと1分です。
皆既食が始まる9時51分になりました。
それからおよそ10分、午後10時の皆既月食です。
ここまで雲にも邪魔されずに、なんとか綺麗な皆既月食の赤い月が見られました。
この後、薄雲が流れてきたようで、赤い月が少しぼやけてきてしまいました。
皆既食の終わりが午後11時8分です。
その1分前の午後11時7分、月の下の方が明るきなってきました。
そして、皆既食の終りの時間になりました。
夜空なので良く分かりませんが、薄い雲が掛かってきているようです。
午後11時14分です。月に光が戻って5分ほど経ちました。
そして、11時17分の月の様子です。
ここまで、何とか雲が掛からずに月食が見えてラッキーでした。
この後、少しずつ雲が厚くなってしまいました。
ここで月食の観測を終わりにして、寒さで冷えた身体をお風呂で温めて寝ることにしました。
以上が豊田市朝日町から見えた1月31日の皆既月食でした。
明日の夜は3年ぶりの皆既月食
明日(1月31日)に、日本全国で部分食の始めから終わりまでを見ることのできる、皆既月食が起こります。
下の写真は、一日前の1月30日(火)午後10時頃、我が家から見た月齢13.0の月です。
国立天文台のホームページで紹介されていた情報です。
月食の時刻は東京と書かれていますが、全国どこからでも同じ時刻になります。
月は午後8時48分に欠け始め、午後9時51分には完全に欠けて皆既食となります。
皆既食が1時間17分続いた後、午後11時8分には輝きが戻り始め、真夜中を過ぎた午前0時12分に元の丸い形となります。
多くの方にとって比較的観察しやすい時刻に起こる月食です。
およそ3年前の、2015年4月4日に見られた前回の皆既月食は、継続時間がわずか12分間と短かったのですが、今回は1時間17分もの長い時間にわたって楽しめるのが特徴です。
明日の豊田市の天気予報では、夕方から曇りとなっています。
はたして、皆既月食が見られるかどうか、ちょっと心配な予報です。
正月から2018年最大の満月「スーパームーン」
2018年の正月に何んといきなり今年最大の満月「スーパームーン」がやってきました。
毎日、大きさが変わって見える月ですが、それは「月の軌道が真円ではなく、楕円だから」と小学校の理科で習ったのを覚えていますか。
地球と月は離れたり近づいたり、その距離は常に一定ではないのです。
そんな中で「スーパームーン」とは、月と地球の距離が最も近くなるタイミングで満月になる現象のことです。
1月2日の朝の明け方の西の空に沈むころの満月は、最小のときより30%も明るくなるというスーパームーンになりました。
その翌日の1月3日の朝7時5分ごろ、我が家の2階の窓から、隣の家の屋根の上のテレビアンテナ越しに光る月をカメラで捉えました。
もうじき日の出の時間になる少し前の明るくなった空に光る満月を少し過ぎたスーパームーン(?)です。
昨日の朝は西の空に雲がかかっており見えなかったけれど、1日遅れの西の空に輝く月を見ることができました。
豊田市小坂町の毘森神社で静かな初詣
明けましておめでとうございます
やつば池散歩道のブログは、2013年12月にスタートしてから、数えて今日で5回目の正月を迎えることができました。
新しい年を迎えた元日の午前中に、神社への初詣へと豊田市小坂町にある「毘森(ひもり)神社」へ出かけてきました。
小さな神社なので、お詣りに来る人も少なく、静かな初詣でした。
この日は青空が広がる気持ちの良い正月になりました。
豊田市内では、挙母神社や猿投神社が賑わう神社なので、正月三が日は長い列が出来るほどの参拝者が集まっていることと思いますが、毘森神社は静かなものです。
神前に手を合わせ、今年も元気に「やつば池散歩道のブログ」で情報発信が出来る様に、お願いしてきました。
豊田市西山自治区ふれあい祭り 2017
今年は11月12日 (日) に行なわれました。
祭り会場は西山区民会館横の西山ふれあい広場です。
爽やかな青空の下、フリーマーケットの出店と餅つきによるつきたての餅の試食、ふかし芋の試食などが行われ、最後には餅投げが予定されています。
豊田市商工会議所の朝日発展会協同組合には、朝日町、日南町、宮上町、丸根町、横山町、逢妻町、栄生町、高原町、若草町、西山町、天王町、貞宝町 の商店街が加入しています。
祭り会場では、フリーマーケットに、いろいろな品が並んでいました。
バスケットボールスクールという子供対象の企画もあり、シュート合戦が行なわれていました。
そんな中で、メイン企画は餅つきです。
お釜には3段の蒸し器が積まれています。
横にはふかし芋の鍋も並んでいました。
蒸されたもち米は2人で威勢よくこねられます。
見事な杵さばきと手返しで餅がつきあがります。
つきたての餅の試食に列が出来ていました。
さっそく、つきあがった餅をきな粉と大根おろしでいただきます。
私も大根おろしの餅をいただきましたが、つきたての餅は柔らかくて美味しかったです。
餅つきをしている人に聞いたところ、この日は全部で7ウスの餅があったということでした。
12時半からはプログラム最後の餅投げです。
トラックの荷台から、餅やパンやお菓子が投げられます。
餅の中に当たりの紙が入っていたら豪華(?)な賞品がもらえます。
主催者の挨拶の後、いよいよ餅投げが始まりました。
写真撮影はほどほどにして餅をゲットしましたが、こんな収穫でした。
餅の中に1枚紙が入っていて、ティッシュペーパーをいただきました。
好天気に恵まれ、楽しい西山自治区ふれあい祭りでした。
朝日小学校北交差点にボランティア西山の花壇
その交差点の周りに余地が発生し、地元の西山自治区で管理する花壇が出来ました。
その花壇を西山自治区のガーデニングを楽しんでいるグループの「ボランティア西山」の皆さんが手入れされています。
花壇には夏に植えられて大きく成長したカラフルな「ジニア(百日草)」が咲いています。
手入れが良くされていて、花にも元気があります。
秋の季節も好む花なので、まだしばらくはきれいに咲いてくれそうです。
オレンジ色も鮮やかです。
チョウの姿もありました。
交差点で信号待ちの車の運転手や、
近くに住んでいる人たちの目を楽しませている、道路端の花壇です。
今日は十五夜、中秋の名月 2017.10.4
中秋の名月、芋(いも)名月とも呼ばれます。
中国では、唐の時代から中秋の名月を鑑賞する風習がありました。
日本では平安時代の貴族の間に取り入れられ、次第に武士や町民に広まっていったようです。
4日の夕方6時半ごろ、我が家から見た十五夜の月です。
雲の無い東の空に明るく輝いていました。
十五夜といっても旧暦の8月15日の月のことをいうので必ずしも満月ではなく、4日の月齢は13.9(正午時点)です。
月の左側が、ほんの少し欠けています。
まん丸になるのは6日の真夜中の午前1時ごろということです。
縁側や窓辺にススキやキキョウなどの秋の七草を飾り、月見団子や里芋をお供えして、お月見をするという風習は、最近ではなかなか見られなくなってしまいました。
やつば池近くの溜め池「鉛池(なまりいけ)」
この辺りの山からは、玄米を精米する時に使われたという磨き砂や、燃料にする亜炭が採掘された場所だったと聞いています。
時代の変化で、磨き砂も亜炭も使われなくなって荒れ地になってしまいました。
この溜め池の名前は「鉛池(なまりいけ)」といいます。
池の堤防の土手の上に看板が立てられていました。
表示面が日焼けして写真や文字が消えかかっています。
鉛池・汐取池【 なまりいけ・しおとりいけ 】の文字ははっきりと読み取れますが、説明文の部分が日焼けしています。
説明文を解読すると・・・・・
通称「なまり」と呼ばれている池ですが、幻の魚といわれるウシモツゴ・カワバタモロコ(豊田市の天然記念物)が網ですくえるほどいました。この池の北にある汐取池と共に里山の面影を残して、木々が茂り、湿原もあり、小鳥のさえずりが聞こえてくる貴重な場所です。 西部まちづくり協議会
と書かれています。
なぜ、鉛池という名前なのか、またこんな内陸地なのに汐取池というのか、疑問が多いですが地名の由来については不明です。
私の勝手な推測ですが・・・・
亜炭の汚れで水が鉛色になっていたので鉛池?、磨き砂が白くて汐のように見えたので汐取池となった?
というのはどうですか!!
愛知学泉大学豊田学舎とゴルフ場の貞宝カントリークラブの間にあり、周囲に住宅がないため、まだ自然の状態が残っている場所になります。
鉛池の奥には湿原があるということなので、今でも清水が湧いていると思われます。
人の気配がほとんど無いため、数羽のシラサギがのんびりとフェンスの上や木の枝で休んでいました。
鉛池の水を堰き止めている南側の堤防には雑草が生い茂っています。
地元の「宮口上緑を守る会」で春と秋の年に2回、草刈りを実地して手入れをされているそうです。
この秋も、10月8日 (日) に秋の一斉草刈りが予定されているようです。
逢妻女川のヒガンバナ 今年も有難う 2017.9.27
9月27日(水)の逢妻女川のヒガンバナ(彼岸花)も、見頃の状態がもう少しで終わりそうです。
ブログで数回にわたって、豊田市宮上町の宮上橋周辺から見た逢妻女川のヒガンバナの状態を発信してきましたが、最初に開花した付近の花が赤色から黒ずんだ色になってきました。
少し開花が遅かった土手の上の方は、まだ鮮やかな赤色に咲いています。
天気が曇っていたせいもありますが、この状態のヒガンバナを見て、「もう少し早く見にきたらよかったね!」という声が聞こえています。
少し上流へ歩いて行って、振り返って見た宮上橋の方向です。
宮上橋付近は色あせてきていますが、上流の天王橋の方は開花が少し遅れたので、その分まだまだきれいです。
青色の上水道の配管が並んでいる天王橋です。
まだ一部に、つぼみの状態の場所も見られます。
天王橋の橋の上から下流方向を展望した景観です。
この場所から見ると、今がちょうど見ごろと言えそうです。
逢妻女川のヒガンバナを見に来られた方の臨時駐車場が宮上橋付近にあるので、どうしても最初に宮上橋からの花の状態を見ることになってしまいます。
少し堤防を歩いて上流まで来てもらえば、まだまだ綺麗なヒガンバナを見られます。
それでも今週いっぱいまでで、今年の逢妻女川のヒガンバナも終演を迎えそうです。
逢妻女川彼岸花育成会のみなさん、今年も綺麗なヒガンバナを見させていただきありがとうございました。
また、来年も楽しみにしています。
逢妻女川のイベント「歩いてみよう彼岸花の道」
ヒガンバナが真っ赤に咲き揃った堤防の上には、たくさんの人が集まってにぎやかです。
この日は午前10時から、逢妻女川彼岸花育成会の人たちによるイベント「歩いてみよう彼岸花の道」が行なわれています。
昨年までは堤防道路の上で行なっていたので散歩する人の邪魔になっていましたが、今年は今までとは別の場所で、堤防の道の横の畑にテントを張ってテーブルと椅子が並べられていました。
ここなら散歩する人たちには邪魔になりません。
200円で大福餅とお茶がいただけます。
お茶や饅頭を準備したり運んだりするお手伝いは、逢妻中学校の生徒さんが頑張っていました。
青空の下で大福餅を食べながら、ヒガンバナを楽しんでいます。
年に一日のみのヒガンバナのイベントの日が、いい天気に恵まれて本当に良かったです。
ここまでの企画運営された地元の皆さんにはお疲れ様の声をかけたいと思います。
逢妻女川のヒガンバナ開花情報⑤ 2017.9.23
9月23日(土)午前中の逢妻女川のヒガンバナ(彼岸花)です。
堤防のほぼ全体がヒガンバナの花で赤く染められました。
秋分の日の休日ということもあってか、多くの人がヒガンバナを見に来ています。
宮上橋の下から見た景観です。
橋の近くには、白色のヒガンバナがたくさん咲いてきています。
宮上橋から右岸堤防を上流に50mほど行った所に河川敷に降りられるようになっている場所がありました。
視線を低くして上流方向を見ると、こんな感じになります。
逢妻女川の川面に左岸堤防の花が映し出されています。
下流方向を見た景観です。
向こう側の左岸堤防の上からも、カメラを構える人の姿があちらこちらに見られます。
宮上橋から上流の天王橋までの間の両岸にヒガンバナが咲いています。
両方の橋の中間地点付近から天王橋方向を見た景観です。
今年は堤防の上の方の咲きだすのが少し遅れているようです。
最後に、天王橋の上から下流側を見た景観です。
堤防に帯状のコンクリートブロックがあって、ヒガンバナを一面に咲かせられないので、宮上橋付近よりは少し見劣りがしますが、河川の堤防なので仕方がないところです。
明日は、逢妻女川彼岸花育成会の人たちが企画するヒガンバナの花見のイベントの日です。
ヒガンバナが一番きれいな時とイベントの日が一緒になり、天気も良くなりそうなので最高の花見日和になりそうです。
逢妻女川のヒガンバナ開花情報④ 2017.9.21
昨日9月20日が秋の彼岸の入りでした。
豊田市宮上町の逢妻女川の150万本~200万本ともいわれている彼岸花(ヒガンバナ)も、日に日にその花の数を増やしています。
9月21日(木)午後のヒガンバナの開花状況です。
宮上橋から上流の天王橋方向を見た景観です。
開花が一気に進み、全体の50%近くが赤くなってきました。
この景観を最初に見た人たちからは「ワァ~ きれい!」という声が聞こえてきます。
真っ赤な中で、少し遅れて白色のヒガンバナの花も咲きだしてきました。
赤い花の中でアクセントになっています。
この日は、宮上橋の上で、近くのデイサービスの仲間のご年配の人たちがヒガンバナを楽しんでいました。
車イスの人も、橋の上から綺麗なヒガンバナを見つめています。
ここまでブログで9月13日から17日、19日と逢妻女川のヒガンバナを見に行って、花の変化の写真を撮ってきましたが、花の咲くのがこんなに早く進んでいく様子を見て、少し驚いています。
あと3日後に計画されている逢妻女川彼岸花育成会や地元自治区の人たちで企画しているイベントの日には、ヒガンバナで真っ赤に染まる逢妻女川の堤防が見られそうです。
逢妻女川のヒガンバナ開花情報③ 2017.9.19
台風18号は関西地方を縦断していきましたが、東海地方も強い風が吹き荒れました。
9月19日(火)午前中、宮上橋の上から上流方向を見た逢妻女川の両岸の堤防のヒガンバナ(彼岸花)です。
開花した赤い部分が、ずいぶん広がってきました。
台風による被害が心配でしたが、河川敷まで川の水がこなかったようで、咲き始めた彼岸花は大丈夫でした。
花が咲いている場所にはアゲハチョウなどの蝶がたくさん集まってきています。
土手の上の方はまだつぼみの状態ですが、2~3日で開きそうです。
そのつぼみの中で一休みしているトンボの姿を見つけました。
シオカラトンボのメスで別名ムギワラトンボです。
堤防の散策路から土手の花の中に入らないように、逢妻女川彼岸花育成会の人たちが立てた看板がありました。
そして、今週の日曜日の9月24日に行なわれる「歩いてみよう彼岸花の道」というイベントの案内もありました。
彼岸花を見ながら大福餅とお茶を200円で楽しめます。
午前10時から午後1時までの間です。
ポケットに小銭を入れて、ぜひお出かけください。
雨天決行のようですが、天気が良くなることを願っています。
逢妻女川のヒガンバナ開花情報② 2017.9.17
逢妻女川と逢妻男川 合流して逢妻川に!
やつば池に関係の深い、逢妻女川や逢妻川などについてチョット調べてみました。
逢妻女川(あいづまめがわ)(境川水系・逢妻川支流)
豊田市浄水町に近い大清水町を源流にし、トヨタ自動車貞宝工場の東方の豊田市逢妻町で、みよし市と豊田市の境を流れる布袋子川と合流して水量が増していきます。
大清水町の逢妻女川の源流付近です。
この先は雑木林が茂り近づくのが困難でした。
この源流から少し下流の所にあった大清水町地内の逢妻女川の絵図です。
この絵図では逢妻女川の源流が名鉄豊田線の線路を超えて浄水町まで延びていますが、実際には線路の手前までしか地上からは確認できません。
さらに下流に進んで、豊田市逢妻町付近を流れる逢妻女川です。
カワウの姿が見られ、水の勢いも増して、水量も増えています。
宮上町付近の田園地帯を流れる逢妻女川です。
秋のお彼岸頃には、宮上町の宮上橋周辺から丸根町の天王橋までの堤防に咲く彼岸花が有名です。
両岸の堤防に100万本の彼岸花が咲き誇ります。(9月末ごろの写真です)
逢妻女川に架かる男橋です。
ここから逢妻女川は東名高速を横切り、千足町や堤町や前林町などを通って、豊田市駒場町で東の方から流れてきた逢妻男川と合流します。
写真の左側が女川で右側が男川です。
逢妻女川は全長およそ15キロ余の二級河川です。
つづいて東の方の川の逢妻男川(あいづまおがわ)です。
豊田市三軒町のエディオン豊田本店付近が源流です。
小川町の住宅地の中を流れていきます。
トヨタ自動車元町工場の東側を工場に沿うように流れていきます。
さらに南下し、国道に架かる鴻ノ巣橋から土橋の方に流れていきます。
ここから名鉄三河線に沿って土橋駅、竹村駅、若林駅の近くの住宅地の中を流れる逢妻男川です。
伊勢湾岸自動車道を横切って三河八橋駅の近くの知立市八橋町で川の流れがおおきく曲がり西の方向に向かいます。
堤防には川の水を田畑に取り込むための堰がの跡が残っています。
豊田市花園町と知立市八橋町に架かる逢園橋の向こうに線路が高架になった名鉄三河線が見えています。
この橋の近くに、知立市の無量寿寺と八橋かきつばた園があります。
5月初旬ごろの八橋かきつばた園です。
八橋かきつばた園の辺りは昔は低地で、川が何本にも分かれて流れており、橋がたくさん架かっていた場所で、「八橋」の名前は、たくさんの橋が架かる場所から名付けられたという話です。
逢妻男川もあと少しで終点です。
知立市山屋敷町と豊田市駒場町に架かる国道155号線の駒場橋がありました。
この橋の下流300mくらいの所で、逢妻男川と女川と合流して「逢妻川」となります。
合流地点には両方の川から流れてきた砂が積もり洲ができていました。
向こうの川が逢妻女川で、手前の川が逢妻男川です。
逢妻男川は、全長 およそ12キロ余の二級河川です。
この合流点から下流が、逢妻川(あいづまがわ)です。
知立神社の近くの旧東海道を横切って流れていきます。
江戸時代の雰囲気の常夜灯が橋の両側に立てられた旧東海道の逢妻橋です。
この橋から逢妻川は刈谷市内を流れていきます。
この下流で東海道新幹線と東海道本線を横切ります。
東海道本線には川の近くに駅があり「あいづま(逢妻)」の名が付けられています。
川の最終点は境川と並んで衣浦湾で海に出ます。
逢妻川は、全長およそ10キロ余 の二級河川です。
逢妻川の名の由来を調べていたら、こんな話や情報が見つかりました。
その1です。
豊田市の衣ケ原丘陵を取り囲むように、西側を流れる川と、東側を流れる川があり、この2つの川が南の方へ流れていき、知立に近い駒場付近にて合流するさまは、まるで着物の褄 (つま)が合うようであると風流な先人が「あうつま=会う褄」をもじって「逢妻川(あいづまがわ)」と命名し、東の方の川を逢妻男川、西の方の川を逢妻女川と呼ばれるようになったといわれています。
その2です。
むかし在原業平(ありわらのなりひら)に恋い焦がれている「かきつばた姫」という女性が、業平が自分の妻のところへ戻っていく後を追いかけ、途中で追いついたが、業平は朝廷を憚って(はばかって)川を隔てて会った。
そのため、その川を遇妻川と呼ぶようになり、それが逢妻川に変わったとのことです。
(刈谷市役所による説明資料)
※在原業平は平安時代初期の貴族・歌人で平城天皇の孫にあたる人物です。
伝説的なイケメンかつ歌人という、当時のモテ男に欠かせない二大要素を持っていた人であり、また 「伊勢物語」のモデルとも称される御仁です。
また、こんな話もありました。
時は、平安・・・
在原業平は、想ってはならぬ身分の高い姫を愛してしまい、京の都に身を置くことが出来なくなり、東の国へと旅に出たのであった。
旅の途中、知立の八橋でしばらくの間、旅の疲れを癒す業平。
業平を愛していた姫は、別れの辛さを耐えきれず、密かに都を抜け出して、業平の後を追い八橋まで来たのでした。
業平は、はるばる自分を訪ねて来てくれたことに喜びを胸に抱くものの、姫の幸せを切に願い、折角逢えた二人ですが、業平はまた旅立ってしまうのでした。
あとに残された姫は、悲しさと旅の疲れで病に伏してしまい、無量寿の村人の必死の看病も届かず、ついに姫は、池に身を沈めてしまったのでした。
姫が身を沈めた池には、かきつばたが美しく咲くようになり、「かきつばた姫」とよばれるようになりました。
かきつばたで有名な八橋の無量寿寺、その無量寿寺の本堂の裏庭に、小さな塚があります。
この塚は「姫塚」、「かきつばた姫の塚」とも言われています。
この地を流れていた八橋川は、姫と会った場所として、後に逢妻川といわれるようになりました。
また、こんな逢妻川伝説 のお話もありました。
この辺りに大変仲の良い幼馴染のお金持ちの娘と、小作人の息子が住んでおったそうじゃ。
男と女は立派に成長し、いつしかお互いを結婚相手と意識するようになったそうじゃ。
しかしそれを知った娘の父親は、たいそう怒ったそうじゃ、
この辺りには、金山というひどい藪山があって、盗人などの隠れ家があったそうじゃ、
金持ちの父親は盗人どもに、お金を払い男を何処かへ連れ去り帰って来れぬよう頼んだそうじゃ、
男は盗人どもに遠くへ連れて行かれ穴へ埋められてしまった。
それと同じ時期に娘は猿投という場所の庄屋の家に無理矢理嫁に行かされたそうじゃ。
男は、悲しさと悔しさで、死ぬ間際まで泣き続けた。
娘は、辛いめおと生活に耐え切れず、庄屋の家を逃げ出し故郷へ帰る途中に、離れ離れになった男を思い出し、泣き崩れ息絶えたそうじゃ。
その二人の涙が川となり、生まれ故郷へ流れ着き、本当の夫婦になったそうじゃ。
この世で叶わぬ夢であったが、お互いを慕う一途な気持ちが、お互いの身体から染み出た一滴の涙でもいいからまじわっていたいという強い思いが、男川となり女川となり、逢妻川となったそうじゃ。
・・・おわり・・・
まるで「にほん昔ばなし」ですね!
逢妻女川や逢妻川は、ロマンのある川の名前で、地名の起源には諸説があって楽しめます。
逢妻女川のヒガンバナ開花情報① 2017.9.13
9月13日(水)の午前中に逢妻女川の宮上橋へ出かけてみました。
橋の上から北の方(上流)を見たものです。
逢妻女川彼岸花育成会の皆さんの手で土手はきれいに草刈りがされていて、ヒガンバナが咲くのを待つばかりの逢妻女川です。
全体にはまだこれからという状態ですが、部分的に花の茎が伸びてきているところがありました。
右岸の土手の傾斜部分の下の方に、早くも花が咲き始めているところがあります。
この状態から予想すると、昨年より少し早めに花が咲き揃いそうです。
ヒガンバナの花の成長は驚くほど速いので、2~3日するとその変化にびっくりするほどです。
見ごろになる前に、もう一度出かけてみて、開花の状況をブログでお知らせしたいと思っています。
年々、彼岸花の名所として知名度も上がり、多くの人に見に来てもらえるようになった逢妻女川の彼岸花です。
今年も咲きだした逢妻女川の早咲き彼岸花 2017.8.23
これから9月末の本格的に彼岸花が咲き、堤防一帯が真っ赤に染まるころまで、地元の逢妻地区の皆さんで逢妻女川クリーン活動が展開されて、堤防の草刈りやゴミ拾いなどが行なわれています。
早咲きの彼岸花は逢妻女川の宮上橋の下流右岸に30mほどの場所に植えられています。
まだ咲き始めの状態ですが、今年はいつもの年よりも早くに咲いたように感じます。
きれいに刈り込まれた緑の草むらからニョッキと首を出して真っ赤な花をひろげています。
狭い部分ですが、一足早い秋の景観が楽しめます。
短い期間で早咲きの彼岸花は見頃が終わってしまいます。
あと3週間も過ぎたころには、今年も100万本の彼岸花が咲き誇る宮上町周辺の逢妻女川の景観をまたブログで紹介したいと思っています。
涼しげな我が家のグリーンカーテン
グリーンカーテンとは、窓全体に張り巡らせたネットに、ツル植物を絡ませて窓を覆うものです。
我が家のツル植物はゴーヤ(ニガウリ)です。
ゴーヤの成長は早くて、日に日にツルが伸びて、ネットの一番上まで緑で覆われました。
葉っぱの間にはゴーヤの実がぶら下がっています。
葉っぱは、それこそカーテンのように日射を遮り、室温の上昇を抑えてくれます。
窓からの日差しを遮り、室内温度の上昇を抑制するとともに、植物の蒸散作用によって周囲を冷やすことが期待できるといった、省エネに有効なツールのひとつです。
また、植物が育っていく過程を観察できたり、ゴーヤなどの実の収穫も楽しめます。
20センチ近くまで大きく育ったゴーヤの実は黄色く色づく前に収穫します。
ニガウリという別名があるように苦みがありますが、その苦みがクセになりそうで大好きです。
今年もたくさんのゴーヤ料理がいただけそうです。
我が家に咲くパイナップルリリーの花
ユーコミスという名前の花です。
ユーコミスと聞いて、どんな花か思い浮かばなくても、パイナップルリリーという名前を聞けば、「ああ、あのパイナップルに似た蕾をもった花か」と思い浮かぶ人は多いと思います。
欧米でもユーコミスという名前より、パイナップルリリーやパイナップルフラワーの方が一般的な呼び名になっています。原産地はアフリカです。
日本には明治末期に渡来しており、戦前から作られている春植え球根ですが、ユーコミスは色彩がやや地味なため長い間マイナー的な存在でした。
しかし近年、新しく作られた交配種が出回るようになって人気が出ています。
この花の特徴としては、開花前の蕾がパイナップルそっくりな姿をしており、知らない人には、この蕾が大きくなってパイナップルの実がなる、と言えば信じてしまうほどです。
性質は極めて強く、栽培が容易で条件のよいところに植えておけば、数年間は放任でも花を楽しめます
植えっぱなしにしておいても2~3年間は咲き続ける丈夫な植物です。
花後の手入れとして、タネがついたり花がらにカビが生えて見苦しくなるので、花が終わった時点で花茎のつけ根から切り取っておきます。
葉は秋に自然に枯れるまで、できるだけ長い期間活動させた方が球根の肥大がよくなるので、葉が緑色の間は肥培管理を続けます。
アフリカが原産の花ですが寒さに強く、我が家では毎年屋外での冬越えで春になると元気に芽を出してくれています。